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986. 「GDP」って何?

  • カテゴリ:解釈<3>
  • 「GDP」って
    「国内総生産」と言われていて、
    「国内での総生産」についてなのですよね。


    みんな、価値生産をして、消費をしてくらしています。

    が、「GDP」で量られるのは
    「金額」ですから、
    「お金と交換された価値」のみについてです。


    ですから、
    「売り買いされた金額」についての国内総和に直接つながりのある金額となります。


    <追記3>で書いたように、
    「国内総消費額」=「GDP(みんなの所得の合計)」ー輸出額+輸入額+使った貯金ーためた貯金
    です。
    しかし、お金で表される金額には変わりありません。


    が、
    それが幸せの指標なのか、
    消費一辺倒ではなく自分でも作るように生活が変わると
    みんなの生活が良くなった(幸せを感じられる、福利を享受できていると感じられる)と、
    「GDP」で量れるのか
    がこの記事の議題です。


    自分で作ったものを自分で消費する場合や
    (自給自足の家事や自作の作品を使うなど)、

    物々交換をする場合

    など、

    お金を経由しない場合には
    GDPには反映しません。



    基本的に
    「GDP」は
    「法人、個人の皆さんの所得の総和」
    でしょう。
    (外国にある法人、個人による生産は含まれないので、
    輸入分はありません。

    所得税などの税法上の控除前のお値段です。)



    また、
    「最終消費者の購入分の和」とも言えるだろう
    と思います。


    商品一つ一つの
    最終消費者の購入する値段は

    その前の段階の全生産者の
    (売価ー仕入金額)=(利益)

    の和となっています。


    商品一つ一つの
    販売者ごとの利益の和→販売者の最終利益→所得

    となります。


    たとえば、
    1人で経営しているパン屋さんが
    小麦などの材料を買って、パンを焼いて売るとします。


    (パンの値段の和)ー(小麦などの材料の値段の和)=(パン屋さんの利益)

    です。


    売れ残ったり、材料が次の工程へ使えなかった場合は
    その売れ残った商品に含まれる材料、使えなかった材料分については

    材料を購入した人が最終購入者です。



    ちなみに、
    ねずみさんに小麦をかじられちゃったとした場合、
    損金となるように見えますが、

    パン屋さんがネズミさんにプレゼントしたことになるので、

    パン屋さんが価値を付け加えて増やしたパンの
    最終購入者はお客さんたちですが、

    その分の小麦に関しては
    パン屋さんが最終購入者となります。


    パンが売れ残った場合、
    パン屋さんが食べても、廃棄してしまったとしても、

    そのパンに含まれる小麦分などの材料分については
    パン屋さんが最終購入者です。


    「GDP」の
    「国内で生産されたもののみんなの購入金額」という
    2つ目の面
    が見えると思います。


    さて、
    最終形態で買わなかった場合
    つまり、
    材料を買ってきて
    自分で手を加えて最終形態にする場合、

    自分の人件費、能力費が含まれていない
    材料のお値段分しか払っていません
    ので、

    みんなの生活における
    みんなの生活で味わっている価値分のお金を
    払っていない

    ことになります。
    (できあがったそのものを買うより安いかもしれませんので。)


    なので、
    みんなで自分のものや食べ物を作って楽しんだり、
    人の手を使わずに自分で自分の楽しみを作った場合、

    (楽器の演奏もそうですよ~)

    「GDP」のお値段の大きさ自体が
    みんなの生活の豊かさを表すことにはなりません。



    自家消費の場合、自分で生産された価値はお金が関わらないので、
    購入金額の和には加算されません。


    ですから、
    「GDPで表される幸せ」=「お金を払って手に入れた幸せ」<「心で味わっている幸せ」
    となるでしょう。


    なので、

    「買った値段の和」だけで豊かさを測るのは
    みんなの幸せの大きさを測るのには
    足りないのではないか


    と思います。


    さらに言うと、

    確かに、
    最低限のお金は必要で、
    必要なお金があるのは大事で
    幸せにかなり関わるようなのですが、
    (大変な方が日本にもいることを知っています。)

    ただ、僕たちが幸せになればなるほど、
    「GDP」が増えるような単純な話ではない

    でしょう。


    328. 副業禁止について」で、
    もらった給料以上に価値を生み出す方法をお勧めしましたが、
    (本業をおろそかにしちゃダメですよ。

    会社をはじめとするお金をくれる人を裏切っちゃいけませんから。)

    自分の手を使って自分の生活を作る生活の豊かさも
    大事じゃないかな?

    と思います。
    (自分の作ったものなら、オリジナリティを表現しやすいでしょうしね。)


    ちなみに、
    物々交換もお金を介しませんので、
    「GDP」には入らないのですが、

    お金を介さない分
    お友達同士のやりとりの仲の良さが楽しいだろう
    と思いますが、

    笑顔の分がGDPの大きさに入らない
    かもしれませんねぇ。



    <追記>2020.05.28
    貯金分もありますんで


    所得の和との差として

    みんなの購入代金とするには

    使った貯金とためた貯金分がある

    んですが。


    みんなの購入金額=所得の和+使った貯金ーためた貯金

    なのですので、

    「GDP」は「お金が手に入って感じられる幸せ」なのですが、

    「自分で作ったりして、実際に味わう幸せ感を増やすことができる」だろう

    と思います。

    です。



    <追記2>2020.05.28
    現在の助成金は


    ないと
    食べ物、命や家などの財産を失う金額のゾーンでの
    話なので、

    早く支給してほしいです。


    新型コロナウイルスによるものであり、
    個人の責任によるものではありませんので、

    セーフティネットとしての社会による
    早急な支援が必要だ

    と思います。



    <追記3>2020.05.28
    輸出を忘れていました(間違え)


    「国内総消費額」=「GDP(みんなの所得の合計)」ー輸出額+輸入額+使った貯金ーためた貯金
    (輸出額と輸入額は外国と関わりのあるお金で
    「輸出額」=「日本で生産されたものの外国での消費額」で、
    「輸入額」=「外国で生産されたものの国内消費額」です。)

    ではないかと思います。

    「国内総消費額」が

    みんなの幸せのバロメーターなのではなく、

    「自分で作ったりして、実際に味わう幸せ感を増やすことができる」分の幸せは
    示されていない

    ということになるでしょう。



    <追記4>2020.05.28
    同じ消費額でも


    自分や誰かの幸せになるように使うほうが

    幸せが増えると思います。
    (ですよね?)


    将来の自分や誰かのためにもなる
    生き金の使い方や、

    そうではない
    所謂死に金となっちゃう使い方も
    (一見無駄に見えても
    心を育てることにつながれば、
    死に金じゃないんですけれど。)

    ありますもんねぇ。
    (無駄な用途をでっち上げて、いくらでもお金がなくなるような使い方できますし。)



    <修正>2020.05.28
    本文の一部を修正しました


    <本文>で

    「売り買いされた金額」についての国内総和に直接つながりのある金額となります。


    <追記3>で書いたように、
    「国内総消費額」=「GDP(みんなの所得の合計)」ー輸出額+輸入額+使った貯金ーためた貯金
    です。
    しかし、お金で表される金額には変わりありません。


    が、
    それが幸せの指標なのか、
    消費一辺倒ではなく自分でも作るように生活が変わると
    みんなの生活が良くなった(幸せを感じられる、福利を享受できていると感じられる)と、
    「GDP」で量れるのか
    がこの記事の議題です。」



    「GDP」が
    直接「「「売り買いされた金額」についての国内総和」のように
    表記されていたのを修正しました。


    「GDP」は「お金が手に入って感じられる幸せ」


    「国内総消費額」は「お金で買えた幸せ?」なのかもしれませんが、

    お金を介さない幸せ(自分で作って自分で消費したり、物々交換したりなど)
    は入っていないし、

    お金で表されない価値も
    僕たちの生活の福利
    にあるし、


    「GDP」だけでは測れないよね?

    ということです。


    「GDP」に反映されない幸せがあるようなので、

    自分たちで作る生活スタイルが増えると
    (お店のものはお店のものでいいところがありますので、
    否定するものではありません。)

    「GDP」が上がらなくても幸せは増えるかも
    しれません。



    <追記5>2020.05.28
    公害出して、「GDP」増やされても


    僕たちの幸せ
    (当然受けるべき福利の享受)
    的には

    完全にダメ
    ですよねぇ。

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