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974. おかしな理論で混ざりたがる人がいるんですよねぇ

  • カテゴリ:迷惑なこと
  • 僕は

    性別違和(旧称:性同一性障害:僕は外科的治療が必要なので、こちらを使いたいと思います。)

    であった(現在、治療のおかげで幸い、そこまで不都合は感じて暮らしてないんですよね。)のですが、

    さまざまな「性別違和」の形があるせいか

    さまざまな「違いそうな」人が混ざってこようとするのが見受けられる
    んですよねぇ。


    考えてみる場所、機会を減らしてしまうことは
    僕はしたくないし、大嫌いなので、

    先生に相談したり、
    そういう人と交流を持ってみて
    心ゆくまで検討してみるのは

    大事で、いいことだろう
    と思いますし、

    ぜひ、
    きっちり自分の心の在り方や、居心地の良い塩梅のポイントを
    探していただきたい

    と思うんです。


    しかし、
    何やら、あやしい持論をさも正しいかのように流布して、
    ちゃんと「性別違和」の状態である人や
    「性別違和」の人の周囲にいる普通の人たち
    (普通の人はみんな「性別違和」の周囲にいます。)
    を惑わせている人が
    散見される(あちらこちらで、ちらほら見かけられる)
    んですよ。


    中には、
    「みんな一緒。僕も一緒」みたいな感じで
    おかしな理論で区別の境界をあいまいにして
    混ざろうとする人もいます。
    (そういう人が迷惑を振りまくのを何件か見ました。)


    どうもそういう人は
    障がいのせいではなく、
    精神的に他の人に受け入れてもらいにくい性格をしているがために
    生きづらさを感じているのではないか
    と見えるのですが、

    個人的に受けている疎外を回避するために

    「みんな、そうなんだよ」的な理論を振り回すよう

    です。


    障がい者でなかったとしても、
    疎外を感じてしまう性格なのかもしれません。


    正しい理論であれば、
    正しい現実認識を
    みんなの素直な姿のまま受け入れられるので、
    みんなの益となるのですが、

    デタラメ理論では
    それを信じて行動すると失敗しますし、
    その責任は自分で取ることになって迷惑ですし、

    さらに、
    みんなの心を不当に縛ることが多いようで、

    他の人を犠牲にすることになりかねません。


    他の人を犠牲にして、
    おかしな境界線を引いて、
    自分が混ざろうとするのは

    他人の迷惑を考えず、
    自分の益を優先する行為で、

    「犯罪者傾向があるのでは?」
    と言わざるを得ません。


    昨日の東京大学の熊谷晋一郎准教授についても、
    (「972.「障がい者」という概念について」で触れました。)
    現在の自粛生活で
    健常者が障がい者的な状態になることもないですし、

    また、
    障がい者的に自分のやりたいことができないからと言って、
    不満、うっぷんがたまり、
    他人に向けて発散してしまいがちになる

    のが普通だ

    という前提の主張は決して受け入れることはできません。


    そもそも
    障がい者が
    自分のやりたいことを満足にできないからと言って、
    必ずしも
    そのような危害を加えやすい精神状態になるわけではない
    と思います。


    障がい者だからといって、
    自分のやりたいことを満足にできないからと言って、
    他の人に危害を与えがちではないのですが、

    自分の行動に
    「みんなそうだ」と言わないとならないような
    何か心当たりがあるのでしょうか?


    赤ちゃんへの診察状況を見ても、
    自分の性格から
    その自分の心情を元に
    そのような理論形成に至った可能性があるのではないか

    と疑問を呈したくなります。


    何か日常生活で疎外を感じることがあるのでしょうか?


    それは障害のせいなのか、障害がなかったとしても起こりうることなのでしょうか?
    (他の人と心のやり取りが十分にできる障害のようですから、
    普通にお友達関係できますもんねぇ。)


    障がい者だからと言って、
    他人を傷つけたがるような心情になりがち
    ということはありません。
    (逆に、
    自分に与えられた状況で精いっぱい暮らそうとして
    何も壁を感じない人に比べて
    ナイスな人に育っている場合もありますし。)


    障がい者と言われる人の心や精神状態に疑問が付くような
    議論に対しては
    「間違えである」と
    強く主張します。


    事実と違うと、みんなが迷惑しますし、
    事実と違っていて、
    みんなが迷惑する
    んですよ。


    他の人の目をくらませるような
    デタラメ理論を提案し、流布するような場合については
    僕は「違うよ」ときちんと指摘したい

    と思います。



    <追記>2020.05.23
    おかしな理論を言って
    広めたがる人の場合


    自分が混ざりたがっている場合があるので、
    どんな人で、そのような利益が何かしら必要な人ではないか

    よく見たほうがいい
    んです。


    障がいを隠れ蓑にするだけではないよう
    なんですよ。

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