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865. 感じられない人

  • カテゴリ:丸暗記と考える力
  • 624. 生物はセンサーがなければ、感じられない
    で、

    心で感じるための
    感受性がないと感じられない

    と言うことを書いたのですが、


    感じられないと存在を知ることができないもよう

    なんですよ。


    音楽を感じるのに、
    その中身を耳で聞いて、
    それによって心が動かなければ、

    何も感じることはできないでしょう。

    そして、
    その人の心は
    それがないも同然にしか
    反応せず、
    「ないよ」という結論になっているかもしれません。


    中身を理解できていないので、

    音楽の存在することの意義、
    みんながこれほどまでに音楽に熱狂する意義が

    全く理解不能で、

    空白(ブランク)となってしまうに違いありません。


    「音楽の楽しさ」という概念をも、

    きちんと心で把握できない状態に違いありません。


    心で感じられていないものを大事にするような選択肢を
    持つことはないでしょうから、

    音楽という文化を破壊する
    という行為につながる
    のかもしれません。


    みんなが当たり前のように楽しんで、
    ワイワイやっているのに、

    自分の心は音楽に反応できなくて
    冷たかったり、ポカンとした状態のままで、
    (自分のわかりにくい感性を楽しめない状態と同じです。
    慣れてきて、ポイントがつかめれば、楽しめるようになると思いますが。)

    にぎやかな集団の中から
    一人取り残されてしまっている孤独感も味わってしまう
    かもしれません。


    自分が孤独感を味わってしまう原因となる
    楽しんでいる人や楽しんでいる行為、楽しんでいる時間、楽しんでいる対象物を
    阻害したり破壊したりしたくなる人がいるのかもしれません。


    それだけでなく、「わからない」ということが他の人にばれると
    居心地が悪いだけでなく、
    「この人大丈夫かな?」と思われて、
    居場所もなくなってしまうかもしれないので、

    そういう自分の不利な姿を他の人にさらす原因となったものを
    恨んでしまったりするようです。


    これは音楽だけでなくその他のジャンルの文化的なものにも言えるだろう
    と思います。


    実は、
    当たり前に心が動いている人から見たら、
    心が動いていなくて空白の時間を過ごしている人を想像できないでしょうし、
    (感じている感情があって、当たり前ですから、隣の人もそのような感情であふれているだろう
    と思っちゃうんですよね。
    しかし、付け加えておきますが、心がない人じゃないんですよ。)


    しかし、
    心が動いていない人からすると、「心が動くって何?」ぐらいのもので
    何でみんなが心の底から反応している行動をしているかわからないもよう
    です。
    (心の底から反応していることすら、気づいていないかもしれません。)


    人の脳は、ある思考の回路が発生すれば、
    その回路を使った行動をするようになり、
    (つまり、感情を感じるようになる。)
    繰り返していくうちにその回路が強固となるようなのですが、

    それに伴って、僕たちは自分の心が深くなった、深く感じられるようになったというように
    感じるようなんです。


    ただ、生まれてから1回もその回路が発生しないというか、
    気づきとなるような刺激が発生しない限り、
    感情は発生しませんし、
    感情の深化が進まない

    ということが起こる気がします。


    損得勘定の計算でしか動けない人も
    目先の現実を踏まえた上での
    他の人との損得勘定ではなく、相手の幸せを本当に願った思いや行動がない
    ということで

    残念ながら、明らかに脳機能の種類が少ない
    ことになりそうなんです。


    どうして、発生していないのかは確認を進める必要がありますが、

    なんらかの脳の困りごとが起きていたり、
    幼いころに
    目をきちんと見られたり一人前の人間として扱われなかったりして、
    対等に自分の存在を認められてこなかったり、
    (「窓ぎわのトットちゃん」の小林宗作先生の子供に対する行動が参考になるのではないか
    と思います。
    目の前の相手がいることを感じながら、
    自分の色眼鏡(育ってくるときに自分に必ず付いてしまうもの)なしに相手を見て、
    相手がどんな子か知ろうとする人間愛と興味
    なんじゃないか
    と思います。
    「この子(この人)の中にどんな心があるのかな?」と興味を持つということだと思います。)


    感情を振り返る、自分の心をのぞき込む行動をしてこなかったからかもしれませんし、
    (自分の体に対しても、他の人が想像を絶するほどに、無頓着かもしれません。)

    周りの人の感情との体の連動反応が起きていなくて
    感情をトレースできていなかったり

    など、

    幼いころから問題が出ているはずなんです。


    自分の心の存在に気が付かないと、
    生物ってそういう物だと思って、
    他の人の心の存在やその重さ、大事さに気が付かないかも
    しれないんです。


    文章を書くのは
    自分の心に遭った言葉は何か試すことで、
    自分の心を試したりして、
    自分のことを知ったり、自分の心の存在を感じることができる
    チャンスになるんじゃないかと思います。
    文章術が役に立つだろうと思います。
    そして、自分の文章を自己添削することも
    細かく自分の心を探るのに役に立つんじゃないかと思います。)


    他の表現方法も、自分の気持ちを自分の心に尋ねるのに良いと思います。


    あると気が付いたら、
    そういう方向性で心が動き、
    時間と共に深まっていくんじゃないか
    と思います。



    <追記>2020.02.05
    元々いろいろな人の考えに興味があったのですが


    高校生の頃にしっかりと「窓際のトットちゃん」を読んだのですが、

    幼稚園に入ったころから、
    様々な自分と違う人がいることがわかっていて、

    どんな人か、目の前の子が感じている感情はどんなものか

    興味があった子供だったのです。


    また、
    一応女の子の分類に入れられていましたが、
    (肉体的になのですが、男の子と違うところがある。)
    他の女の子とも違うし、
    色々自分とみんなが違うところがある気もしたので、

    他の人と、
    「あなたも私ももそう」的な共通認識の少ない子供だった
    ように思います。


    色々な子が学校にいましたので、

    あまり自分の決めつけはムダだと知っていました。


    なので、
    決めつけずに他の人を見ることに慣れていて、
    どちらかというと

    決めつけの少ない平たい感じの子供だったかもしれません。
    (年相応に親の考えの影響は受けていたと思いますが、
    親の考えは親の考えで自分の立場と違うことも知っていました。)


    どんな人がいるか興味があったので、

    普通に犯罪的なことをしようとしている人でも
    「何しているの?」
    って聞いちゃうんですよねぇ。


    見られると困る人(悪い人)にとっては
    困るらしいのですが、

    だって、見た目におかしなことしてますからねぇ。


    何しているかわからない他人の行動は

    「何してるの?」

    ですよ。

    (とりあえず聞いてみないと、
    何を目的にしているかわかりませんからねぇ。
    聞くまで、悪いことしたいのかわからないんですよ。
    隠そうとしているからでしょうけれど。
    事情が分からないで、いきなり貶すこともしませんし。)



    <追記2>2020.02.05
    そのおかげで


    正しい情報は大事ですから、

    自分の勘違いに振り回されることが
    より少なくていられるようで、

    めでたいのですが、

    ついでに、
    まともな人に混ざっていた数々の「お化け的人間」まで
    釣れたもようで

    ごまかし切った自信が得られないと

    永久に付きまとうらしいんですよ。
    (つきまとうことに時間を費やす暇があるらしく
    自分としての行動目的が全くない感じなんですよ。
    自分が人間としての価値が低いような行動していますね。)


    地縛霊みたいに
    ずっと人生がそこで止まってるみたい

    なんですよ。


    すでにみんなにばれているのですが、

    それでも
    被害者とか気づいた人が「違う」と言えば
    無罪放免だと思うらしくて、

    延長戦をやろうとして、
    なおのこと付きまとうもよう

    なんですよ。


    過去は変えられないし、
    みんなの観察結果は出てますから、
    ムダなんですけれども、

    被害者とか気が付いた人が
    おかしな人とかいう結論まででっち上げようとしたりして、
    (大抵、過去の人間関係があるので、
    どんな人か知っている人がいるんですけれども。
    僕いろいろな意味で目立つ方だったらしいですし。)

    なんとかごまかそうとするもよう
    んですよ。


    無理だし、
    みんな現実そのまま正しい情報が好きだし、
    みんな騙されたくないんで、
    犯罪者に調子よく騙されたりしない

    んですけれどもねぇ。


    こういう人って、
    あまり、みんなの感情とか能力がわかっていないというか、
    「人に対する判断がどんなものか」とか「過去が何か」が
    わかっていない
    んですよ。

    生きていけないと思うらしくて、必死なんですよ。


    で、自分の時間全部使って
    つきまといのお勤めをするよう
    なんです。


    やる気が半端ないんですよねぇ。

    (ただ、他に自分のやりたいことないのか不思議ですが。
    どう考えても、「自分に価値がない」と表現しているように見えますよね。
    それが、おまんまの元らしいんで、
    しつこいですよ。
    一生かけてやってくる感じですから。)



    <追記3>2020.02.05
    ごまかせると思っているらしい理由


    「あの人悪い人だと思わなかった」という声をよく聞くのですが、

    悪い人は「悪いことをするときに特に」悪い行動と共に、

    黒い心を見せます。


    悪いことをする瞬間は絶対に悪い人の姿でいるはず

    なんです。


    被害者や気が付いた人は
    現場や本性を目撃しますが、

    その他の人は噂を聞くことになることが多いので、

    (結構、本当の姿を指摘されると、
    「ああ、あれが」となって納得いくことがあるのですが。)

    現実を目撃した人をごまかせば

    なんとかなると夢見ているよう

    なんですよね。


    逆に、他に温和に汚名を消す手段を思いつかないようで。
    (人を一人消すのは大変だとは思っているようですけれど、
    どこまで信用できるかわかりません。
    しかし、実際は大変なんですよ。
    殺そうとしている犯人も命がかかりますから。)


    なんで、
    地縛霊になって、
    付きまといまくるもようのよう
    ですよ。



    <追記4>2020.10.11
    「自分の心の色眼鏡」の
    造語説明は次の記事にあります


    866. 自分の心の色眼鏡」参照ください。

    相互リンクにしました。

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