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831. 現実に合ったまともな理屈の嫌な人

  • カテゴリ:犯罪者対応 (観察あるある)
  • 僕たちは人間ですが、
    それ以前に生物ですので、

    結果として生き残った種

    であったり、

    結果として生き残り続けてきた生物個体
    (受精以後の時間です。)



    今生きているんですよね。


    これには、
    現実的に生存に合った条件であった必要がある

    のですが、

    その現象を

    適者生存

    というように言われるんですよね。
    (法則のように言われることもあります。)


    なんで、
    現実をきちんと把握して
    現実通りに的確に対応しないと
    生存確率が下がりますので、

    現実の情報は大事ですし、

    現実の状況を正しく把握するのは大事で
    自分にとって有利

    のようなんです。
    (僕が何を言おうと、どうもそういう理屈の世界のようです。)


    しかし、

    みんなの嫌がること(犯罪と言われるもの)をしてしまう
    性格や心持ちであるがために
    みんなに「もう来ないで」と言われてしまう場合、

    (みんなが必ずしも正しいわけじゃないんで
    犯罪をしていない場合は
    必ずしもそうというわけではないのですが)


    現実に合ったまともな理屈、

    つまり、

    「無害で安全な人で集団や社会を作れれば、
    みんな嬉しいんで、
    みんないらないとは言わないはずなんですよ。
    なんで、無害で安全な人の方が社会で歓迎され、
    生き残りやすいかもね。」という理屈の下

    (どうも
    「無害で安全な人の方が適者っぽい感じになりそう」
    なんですよ。
    社会を作らないと、人間は生きていけない
    んで。)

    では

    他の人を喰いたい人は
    「自分はいらない子じゃん」という結論が出てしまうでしょうから、

    (「無害で安全な人と暮らしたい」という意見は大体みんな共通でしょうからねぇ。)

    まともな理屈と一緒に暮らしづらい感じのよう

    なんですよねぇ。


    なんで、

    その場その場、その瞬間その瞬間で
    (人生ぐらいの長さの単位での生き残りやつじつま合わせはできていなさそう
    なんですよ。)
    自信を持てるように
    デタラメな理屈のほうを選んで、
    自分が生きていけるような妄想をしたい人が居るもよう


    なんですよねぇ。


    ちゃんと
    そういう人の話もよく聞いてみたほうが良いだろう

    と思います。



    <追記>2020..01.09
    続きがあるもよう


    「生きていける」という自信欲しさに
    自分だけを
    デタラメの理屈で騙している
    (どんなに荒唐無稽であっても、
    自分が好きな話というか、自分が満足できる話
    なんじゃないかと思いますが。)

    だけなら、
    まだわかるのですが、

    自分自身を自分で騙している状態である

    という真実が頭から抜け落ちるのか
    無視したいのかわかりませんが、

    デタラメの通りである

    と思い込んで

    そのように振舞いたがるもよう

    なんですよね。


    これにもまだ続きがあって、

    さらに迷惑が出てくるもよう
    なのですが、

    「大丈夫」と思って
    (思いたいためか、試したいのか知りませんが)

    473. 大丈夫だと思うから、やる(普通は)」で書いた
    「大丈夫だと思うことをやる」
    という分岐に入って

    その理屈では「大丈夫」ということになっている
    (「大丈夫」ということになっているのは、その人の頭の中だけなんですが。)
    犯罪行為までしてしまうもよう

    なんですよねぇ。


    自分の妄想を信じたいから、
    その行動をしているようにしか見えない

    んですが。


    心底願ったからって、
    心底信じたからって

    それが理由で現実とはならない

    んですよねぇ。
    (小学生ぐらいで分かっておいて欲しいことです。)


    しかし、
    どうも間違っちゃうようなんで、
    「そっち方向は間違えだよ~。ダメだよ~」

    言葉と態度で
    言ってあげないといけません
    ね。


    それにしても、

    本当に
    自分騙しているだけだという事実まで
    忘れちゃうんですかねぇ。
    (自分自身のやっている行動なんですけれど。)




    <追記2>2020.01.09
    さらに続きが


    「自分で自分を騙す」って
    自分の行動だから、
    自分自身は「自分で自分を騙した」ことを知っているはず
    なんですよねぇ。
    (結局、
    「どこまでその話を信じているふりをしていられるのかなぁ」という方向性の議論に
    なるんでしょうか?)


    まぁ、
    続きがあって、

    現実に気が付いてしまうと
    撤退せざるを得ないことになっちゃうことが多いでしょうが、

    自分を騙し続けることで、
    「強制撤去」
    となるまで、

    みんなの中で
    迷惑な姿で居座る

    ことをするようなんですよねぇ。


    801. 玉砕するまで頑張るのが流行ってる?」で書いた感じの

    「最後までそのつもりで頑張る。言い張る」
    みたいなことにまで
    発展する感じがする

    んですよ。
    (しかし、
    死ぬこと自体を要求することはほぼない
    んですよねぇ。
    「死刑」は確かにありますが。)


    いやあ、
    「玉砕」と言えば、

    太平洋戦争の時も

    「領土を増やす」のが目的だったはずが、
    (他所に行って他国の人を殺さなくていいんですが。)

    「一億玉砕」
    とか言って、

    日本の元々の領土に攻め込まれて、
    みんな(「戦う意思がある人」ということになっている人)が
    全員この世から消えるまで

    戦い続ける

    とかいう、
    引き際の線引きが違うことしてますしねぇ。

    領土の拡大という目的じゃなくなっていたのではないか
    疑いたくなる終わらせ方な気がするんですよ。

    (現実を見たら、
    即戦争を指揮した人は生きる場所を失ったかもしれないのですが、

    現実を否定し、嘘を言い張ることで
    とりあえず作戦が失敗であると白黒が付くまで
    日本国で生きる場所や生きられる状態を確保できたかもしれないんですよね。

    ただ、他の人まで巻き込み、

    他の人がその人のしりぬぐいをさせられた可能性がある
    んですよ。

    その人は生きる時間が増えたかもしれませんが、
    みんなが犠牲になったことになるんですよね。

    しりぬぐいをさせられた他の人が、もたなくなったら、
    みんな全滅してしまう、
    つまり、
    悪い人と心中させられてしまうことになっちゃうかもしれない

    という話がある気がするんですよねぇ。)



    <追記3>2020.01.09
    「生命を確実に保つのに必要な
    安全で安心な社会を作って支えている人」とは
    違う気が


    「他人を喰う人」って

    「他人の持っている価値、作った価値を喰う」
    のでしょうから、

    「価値生産しない方向性の行動」の人なんですよねぇ。


    生物は
    意図して「食べようとしない」と生きていけない
    ように

    「生きる」ということは
    本来的に
    「意図してやっている価値生産」の方向性の行動

    ではないか

    と思うのですが、


    「他人を喰う人」が「自分に都合が悪い状況だ」と抗するのって、

    「生命を確実に保つのに必要な安全で安心な社会を作って支えている人」や「現実」に抗っているだけ

    になっちゃうんじゃないか

    と思うんですよね。


    自分で
    自分の生きる環境を作れない人が
    壊そうとしている

    ことになるだろうと思うので、


    みんなで生き残るには

    「みんなの作った価値のすねかじりをする人」より
    「生命を確実に保つのに必要な安全で安心な社会を作って支えている人」のほうが優先されないと

    社会自体が保たれなさそう

    ですよね。
    (結果として「生き残れる集団」とはならないと。)


    僕は優生思想の人間ではなく、
    (「6. 優生思想について

    「他人に害を与えない人」は

    結局、

    「害を与えない」という消極的な面があるばかりではなく、

    直接的にだけでなく
    「回りまわって」かもしれないですが
    他の人に良い影響しか与えないのではないか

    と思っているのです。


    その人がいるだけで、幸せを感じられる人がもしいたとしたら、幸せですし、

    今、そういう人が周りにいなくても、
    必ず誰かとの関係の中で生きているはずですから、
    嫌な人でなければ、だいたいが好感持てるでしょうし、
    いらない人なんていないはず

    なんです。
    (心のネットワークにいることを拒んでしまったら、
    そういうことにはならないかもしれませんが。)

    (注:
    心のネットワーク:
    心のやり取りに関する人物相関図的な図で表される。
    真心のみが入っている心のやり取りに関する人物相関図を
    「真の心のネットワーク」と名付ける。)


    もし、ある人が幸せな世界を望んでいれば、
    それだけで
    幸せな世界を保つ行動をしていることになる

    でしょうし。
    (ただし、強制ではありません。)



    <追記4>2020.01.09
    それぞれのお互いの違いを含めて
    相手の心の在り方などを楽しめるものでは
    ないのですか


    ということで、

    積極的に
    相手の心の在り方を否定したりしないで

    ありのままあることを受け入れるんじゃないか

    と思うんですよねぇ。
    (相手が「無害じゃない」と、人付き合いを断るだけですし。)


    大抵の人って
    そんなに自分の都合よく
    自分の思い通りに
    他の人が動くことを期待しない感じでしょう

    し。
    (言ってたことが違ってきちゃったら、
    事情を話して
    理解を求めるほうが
    みんなの賛成を得られやすいでしょうし。)


    自分のあらすじ通りにみんなが動かないと
    生活が成り立たないというか、
    命の危機が発生する
    みたいなことって

    あんまりない

    感じですよねぇ。
    (命優先だったり、他の人の不幸を願わない人が多いから
    生き残ってきた生物種なのかもしれず、
    「僕的には気楽」なのかもしれませんが。)

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