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806. 英語のテスト

  • カテゴリ:大事なつもりなんだけど、読んでみて (中高生向け)
  • 大学の2次試験の英語の試験に民間試験を導入したい
    とかいう話が出ていて、
    一部の大学で見送り
    となっているようなんですが、


    大学の2次試験、
    特に、東大や京大の2次試験のテストのクオリティによって

    高校生の英語勉強のクオリティの一般的な上限が
    決まりがち
    ではないか

    と思うんですよね。


    大学入試試験に合わせて
    (特に、合格最低点を超えることを目標にして)
    勉強内容を変えるはずなんです。


    なぜなら、
    高校3年生の終わりに
    全科目を東大の2次試験で満点取れるように
    そろえるのは
    非常に困難なことだからです。


    英語教育で目標とされるのは
    英語の読解力、作文力で
    英語を話す人々と文化や技術の交流ができるようになること
    だと思うのですが、


    物の概念や本質が非常に正しく書かれて、
    その物の概念や本質にふさわしい扱いをしている文章

    読み書きできるようになる
    ことは重要ではないか
    と思います。


    そのためには、
    物の概念や本質がよくわかっていないと
    文章に反映することができません。


    そのような文章に
    英語を勉強する際に触れることができる
    というのは
    非常に勉強になると思います。


    先日のNHKの「世界は欲しいものにあふれてる」で
    見かけた文章なのですが、
    (素敵なものがいつも紹介されていて楽しいですよね。
    今すぐ欲しいものを見るだけでなく、いろいろと目を養えそうでありがたいんです。)

    非常に物の理解の深い英文のように思えたのですよ。


    ウィリアム・モリス(William Morris)さんというイギリスの方の文章なのですが、

    「Have nothing in your houses
    that you do not
    know to be useful
    or
    believe to be beautiful」
    という英文なんですよ。

    訳すると、
    「役に立たないとわかっているもの、
    美しいと信じられないもの

    家に置いてはならない」
    なんですよね。


    役に立つ(姿の、状態の)ものかどうかは
    誰の目にも明らかですので、
    「知る(know)」という動詞であらわされますが、

    美しい(姿の、状態の)ものかどうかは
    人それぞれの好みによって判定が違いますので、
    人間としては
    「信じる(believe)」という動詞でしか行動できないものとなります。

    そのようなものごとの現実、本質を
    きちんと認識し、
    そのようにわかって暮らしている人でないと、
    使えない表現だと思います。


    確かに、
    「知る」と「信じる」という英語は
    どちらも「思う」という行動の中に入る行動かもしれませんが、
    区別することは重要なんです。
    (さくっと日本語で訳すると放送のようになると思うし、
    いけないとは思いませんが。)


    あいまいな認識ではまとめてしまっている物事を
    本質を理解し、区別して認識する
    ことは重要で、
    大学での研究の方法の一つだと思います。
    (大学に入る前に触れておけるチャンスでもあるんですよね。)


    ウィリアム・モリスさんはデザイナーさんだったそうで、
    自分の美しいと信じるものをほかの人に提案してきた人
    だと思うので、
    すんなりと「信じる」という言葉を使えたのかもしれませんが、

    非常に含蓄深い言葉だな

    と思うんですよね。


    本質通りの表現の文章でないと
    他の人に通じないのは
    英語も日本語も同じなんで、

    大事なんですよ。


    なんで、
    こういうナイスな文章で
    大学入試をして欲しいんですよ。


    クオリティが下がるようなことがあってはならない
    と思うんですよね。



    <追記>2019.12.07
    必ず必要なものとデザイナーズ商品の違いが
    あるんですよ


    必ず必要な日常品と
    デザイナーズ商品の
    皆さんへの浸透の仕方って
    違う
    と思うんですよね。


    たとえば、
    このサイトでは、
    学術情報などは
    みなさんにご入り用なものではないか
    と思うのですが、
    (道具だったら、必要なのは確実にわかりますし。)

    僕の作品が
    みなさんのおうちの敷居をまたぐかどうかは
    みなさんの好みに強く依存するだろう
    と思うんですよね。

    なんで、
    ウィリアム・モリスさんの立場(デザイナーさん)にいると
    ひしひしと2つの違いが実感されて
    あのような動詞となって表れたのかもしれません。




    <修正>2019.12.07
    番組名が違っておる!!!(汗)


    すみません。

    正しい番組名は
    NHKの「世界は欲しいものにあふれてる
    でした。

    番組を楽しく見させていただいて、
    お世話になっているにもかかわらず、
    「せかほし」とか番組のイメージで「あれ」とか思っていたので、
    間違えてしまっていました。

    申し訳ございません。

    修正させていただきたいと思います。




    <追記2>2019.12.07
    日本語だとこうなるのはわかる


    日本語で、
    ノリよく、キャッチーにすると
    英語と違った感じで
    言葉が足りない感じになってしまいがち

    なんですよね。

    僕も
    日本語版を書いた後に
    英語版を書くときに気になっている感じではある
    んですよ。




    <追記3>2019.12.07
    「美しいと思う行為」自体が


    「美しいと思う行為」自体が
    本人が信じるところのもの以外の何物でもない
    (「本人にとっては100%疑問のないことであっても」ということだと思います。)

    という
    人間としての真理というか
    人間社会模様というか
    なんですよね。


    という
    自分自身の感性や思うことが
    みな同じと思ってしまう
    盲点を回避するためにも
    重要な示唆ではないか

    と思います。


    こういうのって、

    自分の心の中だけ見ててもわからないですし、
    人生経験で気がつくことかもしれない

    んですよね。
    (このような色々な思慮に富んだ示唆を参考にしながら
    暮らすのは良いことなのかもしれません。
    当然、自分の気が付いたことも非常に大事だと思うんですが。)

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