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74. 資本主義

  • カテゴリ:お金
  • 本日のNHKスペシャル
    「シリーズ マネー・ワールド
    資本主義の未来
    第3集
    巨大格差 その果てに」
    を見ました。

    (NHKスペシャルのページに過去の放送の特設サイトのページができたようですね。
    昔の放送内容にアクセスしやすくなって、
    有効にデータが人々の間を行き来しそうでいいですよね。
    オンデマンド放送を見る人が増えるでしょうし。
    今まではストック型じゃなかったので、再放送が終わると流れて消えていくように、
    放送した番組の存在が影も形もわからなくなっちゃってたんで。)

    「資本主義」って、「提供したものの質(価値)に何らかの形できちんと報いる主義」
    なんじゃないかと思うんですよ。
    普段、僕たちは、主にお金で報いているわけですが。
    「やったかいがない」というのが、僕たちにとってうれしくないことの一つだと思うんです。
    僕たちの気分が良くない方向性のものは根付かないでしょうし。

    「薄利多売方式(値段を安めにすることで満足感や他の物を買う選択肢をあげるという質を提供する方法)」とか、
    まあいろいろと、損益分岐点を超えるための方法があるんでしょうけれど、
    そういうところだけに目を向けてしまっていると、
    「やったかいのある社会がいい」という主義から、
    生産、売るという行動が離れて行ってしまう気がします。

    「提供される価値をきちんと確保し、正当に報いる」状態を実現するための一つの有効な方法として、
    「自分の主義に従って自由に選ぶ権利」が保証される「自由競争」というのがある
    んだと思います。
    実は提供者同士がお互いに質、提供法についてチェックしあうシステムでもあるんですよね。

    中古の物を借りたり、他の人が作った物のおすそ分けを原価のみで安く買ったりする
    (要するに、「作りすぎちゃったのよ~。だからおすそ分けしても、
    手間賃や光熱費代いらないわよー」という種類のものだと思いますが。
    じゃないと人件費を取らない理由がわかりません)などの、
    「共有型の資本主義に代わる経済システム」というのがあるそうで、
    結構はやっているらしいですが、
    「自分の好みに合うものかどうかはともかく、機能として用をなせば、満足するよ」
    というニーズ
    に応えるものだと思います。
    (車は走ればいいから、色とか車種とかどうでもいいよーというのと同じですよね)
    なので、「物々交換のみで自分の好みのものを探す」のは難しいので、
    「お金」はなくならないんじゃないですかね。
    (ネットで探しやすくなっていると思いますが、お互いに同時に持っているかどうかとなると難しいですよね。)

    番組中で、世界の低所得者層36億人の所得と、高所得者62人の所得の金額が同じと出ていましたが、
    為替について考慮に入れられているのかよくわからないのですが。
    格差は非常に大きいと思いますが、
    36億人の生活のレベルの内訳はどうなのか知りたいです。
    (つまり、物価の安い国では所得が小さく見えても、物価の高い国での同じ所得の人の生活レベルとは異なるということです。)
    低所得で大変な人たちが世界中に入ることは知っているので、格差が大したことではないと言っているわけではなく、
    数字の表しているものとそれの解釈についての議論です。
    格差という言葉に、生活の格差という意味が入っていると、同値ではないということです。
    あと、できれば、10年前、20年前の比較もあると現状がどうなのかを想像する手助けになったかもしれないと思います。

    格差が大きくなると、分断が起き、社会が崩壊するおそれがあるんじゃないかという趣旨の話がありましたが、
    ありうる事態として、「1国の年間予算を出せてしまう会社が出現して、国を買っちゃう会社が出る」かもしれませんよ。
    1国の独裁状態の出現ですね。
    普通に考えて、経営者が悪い人じゃない場合の事を考えますけど、
    (その経営者が悪い人だったら、とんでもないことが起きる可能性があるんですよね。おそろしい。)
    お金儲けのできる経営者って好奇心が強い人たちだと思いますからねぇ。
    国を経営したくなっちゃうかもしれません。
    ありえないことじゃないと思いますよ。
    (単にお金という面ではなく、
    頑張った人と
    頑張らなかった、色々な要因で頑張れなかった人との提供できる価値の質、量に
    差が極端につきすぎている状態でもあると思うんで、
    一人の頑張りの独走状態は避けたいですねぇ。)

    富の再分配という話がありますが、
    経営者的には、社員の人には、寄与に応じて給与を払いたいですよね。
    これが正当に「労働とその生み出した価値を購入する」ということになるんだと思うんです。
    勤めている人がいくらの給与をもらうというのは、
    いくらで、経営者に自分の労働とその生み出した価値を売るかということだと思うんで。
    僕はきちんと社員の提供した価値に報いた給与であれば、基本的にはいいと思うんですけど。

    だから、僕は自分の付加価値を上げる努力はしたほうがいいと思うんですよね。
    「提供したものの質(価値)に対して、お金で報いる」というのが、資本主義だと思っているんで。

    自分の付加価値の上げ方を知らない、その機会がないというのが特に問題だと思うので、
    教育というものが必要なんだと思うんです。
    お金を生み出せる技を身に付ける必要があるんだと思うんです。
    (そういうこともあって、僕のサイトの教育に関わりそうなところは
    基本的に無料になっているんです。
    「自分で考えられる」って大事ですよね。
    お仕事に直結する知恵的なものとか、アート作品的なものには値段をつけようと思っていますが。)

    安全な社会があるというのは、個人の幸せに直結すると思うので、
    社会という団体を構成して、みんなで作るのはいいと思います。
    保育所など子供を育てる機関については、これはみんなで支援した方がいいと思いますし。
    病気などで、普通の人のように働けなくなった人をサポートするシステムもいると思います。

    ただ、むやみやたらと、高所得者(従業員の人に寄与に見合った給与を払っていない場合は別ですが)が、
    税金以外でお金を再分配しないといけないとは思えないんですよ。
    お金がないからと言って、高所得者から金をただでもらうことになるんで。
    欲しい社会があって、それに繋がるような活動をしている団体さんや個人に寄付するとかはありだと思いますが。

    とにかく、みんな自分のできることから、しっかりやらんといかんと思うんですよねぇ。

    プロフィール

    高久 真生(たかく まさお)

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