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720. とある、たまに見かける人間模様

  • カテゴリ:自由と独立
  • あまり、他人の目を気にして行動することがなく、
    自由に暢気にのびのびと暮らしている


    たまに出会うんですよ。

    「(自分より楽しんでいる)
    気ままな人間に嫉妬しているらしい人」
    なんですよ。

    で、
    嫉妬のあまり
    荒唐無稽なデマや妄想を
    ツイッターなどに書いてしまったり
    しているようなんですよね。
    (当然、
    その行動がために、
    周囲にもそういう人間であると、
    ばれるんでしょうけれど。)

    どうも、
    狭い精神的な制約の中で
    暮らしてるのかもしれませんが、

    なぜか、その人の自由意志のもとで
    「攻撃する」という手段をしてしまう
    ようなんですよねぇ。
    (犯罪者傾向があると、
    人の中で暮らしにくいでしょうにねぇ。)

    まあ、
    「嫉妬する」って、
    「負けた」と思ったり、認識したりしないと
    生じない感情でしょうから、
    悔しさのあまりに報復しちゃうんですかねぇ。
    (「負けた」らしい事実より、
    その心の方が問題なんですよねぇ。
    「成長しよう」という気持ちや、
    未来の自分への期待感がなくて、
    あきらめちゃってる

    んでしょうか?)

    僕は、
    ちゃんと(無害に)楽しんでいるだけ

    なんで、
    僕の事を知らず、
    ただ、たまたま出くわし、横から見ているだけの人に
    いちいちイチャモン付けられたくない
    ですよねぇ。
    (意見を聞く必要がある相手かすら不明ですし、面倒ですよ。)



    <追記>2019.08.21
    「狭い制約」として
    考えられる物


    例えば、悪人の人って、
    あれやっちゃダメ、これやったら人に嫌われるからダメ
    的な
    やっちゃいけないことが実は「やりたいこと」だったり
    するかもしれないんですよ。
    自分のやりたいことを阻む壁の影響を受ける、
    つまり、障害物があると認識される状態で
    暮らしている
    ことになるんですよね。

    そうすると、
    自分の気ままに暮らすこと自体、できないこと
    になるんですよ。

    逆に、
    やっちゃダメ(社会的に、生物学的に生存が危ぶまれること)ということが、
    やりたいことでない場合は、
    特に制約って感じないんですよね。
    気ままに暮らせるんですよ。

    また、
    まだ能力的に未熟だったりすると、
    当然できることに限りがあるので、
    自分よりできる人は
    自由に意のままに動けているように
    見えるかもしれません。

    また、世間が狭い場合、
    自分が1番だと勘違いしたり、
    自分が特別な存在であると
    勘違いしやすいことがあるでしょうから、
    自分以外の人の存在や現実を知って
    自分の現実に失意する場合もあるでしょう。
    (世間が狭くない方が、
    人間的に練れてる傾向にあるんじゃないかと思うので、
    その場合の対処の仕方も
    より幸せな対応を自分に施せるかもしれません。)

    ちなみに、「映画」って何でも見ると
    人間が成長するらしいですので、
    自分の先入観にとらわれずに、
    色々とえり好みせずに
    見ると良いそうですよ。




    <追記2>2019.08.21
    性別を自由に選べる
    訳じゃない


    「自由である」と勘違いされそうなことを
    思いついたので、
    追記します。

    性同一性障害
    って、
    「生まれつきの性質」のよう
    ですから、
    後天的に
    自分の意志で
    自由に性別を選べる訳じゃない

    んですよ~。
    心の性別は譲れませんので、
    皆さんと同じなんですよ。
    (どうやって、譲歩するものか、わかりませんし、
    妥協できるものであるなら、
    元々の体の性別で暮らす方が良いに決まってます。)

    おかしな妄想を乗っけてこないでください
    ね。




    <追記3>2019.08.21
    噂をでっち上げる
    パターンの1


    僕に関することで観察したことがあるのは、

    僕に関して個人的によく知らない人が
    「目の前で見えたモノ、目の前で聞きかじったモノの
    反対を書く」

    や、

    僕に関して個人的によく知らない人が
    他の人、団体の勝手にでっち上げた妄想、デマに
    沿って、
    それが事実だと思い
    (もしくは、「事実だとしたら、嬉しい(もしくは、事実になると嬉しい)」と思い)、
    妄想を勝手に書く

    があるんですよ。

    反対に書いている場合、
    真面目に信じてもしょうがないですし、
    「事実だと嬉しい」とか「しゃべったら、その内容通りに現実になると嬉しい」とかいう
    発想の人間の言うことを
    これまた、真面目に信じてもしょうがないんですよねぇ。

    噂を流すことで、
    「僕」を汚したいんでしょうから、
    迷惑な人ですねぇ。

    「ネット上の人物像が汚れる」のも目的なんでしょう。
    (「ネット上」がどうであれ、僕の実態は変わらないんですがねぇ。)

    明らかに間違えで、
    僕たちの暮らす世界はそういう因果関係の支配する世界ではないので、
    なぜに信じられるのかわからないのですが、
    (現実に沿って生きないと、生き残りにくいはずなんで、そんなデマ信じない方がいいのですが。)

    「言葉に出し続けると、本当になる」
    と思いたいらしいんですよ。

    誰かが出したデマ通りの人物像に
    僕が噂の出た後になるわけがないので、
    無駄なんですが、

    その辺、混乱しているというか、わかっていない人も
    いるようなんですよ。
    (おそらく、デマも妄想も区別付かないでしょうね。)



    <追記4>2019.08.21
    噂をでっち上げる
    別のパターン


    誰しも、自分にわからない現実というモノがあるので、
    程度問題としては
    脳の能力の問題や勉強の程度などが影響する
    のではないか
    と思うのですが、

    「言語化されていない現実を、
    自分の力で、正しく把握し解釈できない」

    がために、

    おかしな勘違いを自分で生産し、
    おかしなツイートをしてしまうよう

    なんですよ。

    他人が間違えを、どう指摘しても
    「勘違いの考え方」が抜けない
    感じの人もいるよう

    ですし。
    (生き様を変えられないので、
    受け入れたくない現実なだけなのかも
    しれませんが。
    「勘違いした現実」が本当なら、
    その人にとって有利なんでしょう。
    が、そんな現実と無関係な人の都合など、
    「現実化するか否か」には関係ありません。)

    また、
    自分の言葉や考え、他人の言葉や考えに
    信憑性があるかどうか、
    信頼性があるかどうか、
    の区別ができていない人もいるようで、

    「思ったことは、全部正しい」
    と言わんばかりに、

    口頭やツイートで
    噂の形で
    文字を垂れ流し、
    (文字と一緒に、それの表す情報も流れるのですが。)
    聞いてもらえる

    と思っている人もいるよう
    なんですよ。

    誰でも、
    思いついただけで、
    正しいことを
    必ずしも
    しゃべれるわけではない

    し、
    現実問題として
    正しいことを
    しゃべれているわけではない

    です。
    「正しい情報を認知できる」実力がないと
    デタラメをしゃべることになります。


    それにしても、
    能力以前の問題として、
    実際にしゃべっている人が
    誰で、どんな人かわからない

    と、
    口から出任せのデマや妄想を言いたい人かどうか
    ぐらいも
    確認できない

    んですよねえ。

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