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709. 心に性別があるか

  • カテゴリ:性同一性障害
  • 「心に性別があるかどうか」という話題があるようですが、

    ざっくり言って
    「心が男だ」という実感のある僕の実感としては、

    本人が
    自分の内面の性別を問うた時に、
    「自分が男だと感じる、思える」と思えば、
    性自認が男で、
    男だという気持ちが本人の精神の土台になっているんだと思いますし、

    「自分が女だと感じる、思える」と思えば、
    性自認が女で、
    女だという気持ちが本人の精神の土台になっているんだと思うんですよね。

    自分の経験で言うと、
    最初は「女じゃないな」とか「男の方が同姓感があるな」とか思っても、(幼稚園に入る前からなんで。)
    それまで、頑なに否定されていると
    「大丈夫だよね???」と疑問に思いつつも、
    男としての生活をしているうちに
    「俺、確実に男の一員じゃね?」という実感というか確信というか、
    「こりゃ、男だと思って、大丈夫そうな状態の心だな」という
    ゴーサインが自分の中に出てきて、
    「やっぱ、自分は男じゃん」と思って暮らしている
    んですよね。

    なんで、
    なんだか、FTM、MTF、Xの人などまとめて、
    性別表記をXとされると、気分が悪いんですよ。
    僕にとって
    「自分の存在は男だ」と思っているのが
    通常状態

    なので、
    Xと言われると、
    「自分が見えなくなる」という感じで非常に困る

    んですよ。
    ちなみに、
    その後で、「自分は男だよね」と実感すると、
    気分が良くなると言うか
    いつも通りの精神状態になる感じ

    なんです。
    区別して問題ないと思うんですよねぇ。

    ちなみに、こういう事を書くと、
    カウンセリングの精神科の先生に同じ事をコピペして言って
    嘘をついて性同一性障害になろうとする人もいるようですが、
    全ての言葉は、心で感じる実感から生じます
    つまり、
    議論の立脚点となる「自分の心の実感から」しか、
    理屈を組み立てられません

    ので、
    説明している言葉ややっていることが
    性同一性障害だと言っている主訴と齟齬がでる

    はずです。
    (「文章術」的な注釈を付けると、
    他のテーマについても自分の心が議論の組み立てのスタートなので、同じですよ。)

    性別がないといけないということではなくて、
    Xの人もいていいと思いますし、
    人類の中にいるのであれば、
    それが人類という種の性質ですから、
    否定することは何もありません。

    ただ、性別がないとか性別がグラデーションの真ん中ぐらいの人と、
    男か女かにきっちりと別れている人とは
    内面の実感が違うようなのですよ。

    自分のことを
    男のグループに入る人間だと思ったり、
    女のグループに入る人間だと思ったりして、
    自分の内面の性別を実感する人にとっては、
    性別がないというのは不思議な状態に感じられるかもしれませんが、
    Xのカテゴリーに入る人の存在を否定することはできません。

    また、
    もしかしたら、「性別がない」という状態の人にとっては、
    「性別がない状態が普通じゃん」と思っているかもしれません。
    そのためか、
    誰でも彼でも「性別がない」あやふやな状態に
    してしまうかもしれず、
    そういう理屈を作っちゃうかもしれないんですが、
    特定の性別(「男」か「女」か)の実感のある人はいます。

    何にせよ、
    男である、女である、中性であるの区別も大事ですが、
    人として信用され、認められる人であるかどうか
    が人付き合いとして大事だ

    と思うので、
    自分個人のパーソナリティとして
    「自分自身はこういう人だ」ときっちり立って
    他の人と向き合い、
    人付き合いができるかどうか
    のほうが大事

    だと思います。




    <追記>2019.08.05
    できる限り、心の性で暮らす


    とある例に
    バスケットボール部でエースを張れる中学生の子がいたんですって。
    ただ、体が女の子で、心が男だと気がついたらしいんですよ。

    当然、それまでは女子バスケ部にいるわけです。

    その子が自分の本当の姿に気がついた後、
    女子バスケ部でバスケを続けるのか(エースのままでしょう)、
    男子バスケ部に行くのか
    という問題が発生するんですよね。

    僕だったら、早めに男の子として暮らす方が
    その子の心の健全な成長のために良いだろう
    と思います。
    体格的に不利になったとしても、
    女の子の中で男の子として活躍するより、
    男の子の中で男の子として挑戦したほうが
    本人としても、すがすがしいんじゃないか
    と思うんですよね。
    (怪我には充分気をつけてください。)

    また、中学生にもなって、
    競技の中で女の子と体をぶつけたり(ぶつかったらファールですが)
    女の子の持っているボールをはたき落としたりなんて、
    男の子はしませんし、したくありませんから。
    (覚悟があって、身を守れる状態で
    男の人と訓練したいという女の人の場合は、
    きちんと対応したいとは思いますが。)

    中学生の時に精一杯体を動かしたという経験が
    体がホルモン注射で男の人と対等な体になってから、
    フルに発揮されるようになるだろう
    と思います。

    どんな人でも、
    心のままに暮らす時間が長い方が良い

    と思いますので、
    早めに男の人として自分の本当の姿で
    みんなの中に混ざり、
    揉まれる

    ことで、
    自分が誰か他の人にわかってもらいやすくなって、
    きちんとしたお友達との心の繋がりができるだろう

    と思いますし、

    男としての対人関係の訓練ができます
    ので、
    自分として暮らした方が良いだろう
    と思います。

    男の子は特に
    (女の子もそうだと思いますが。)
    きちんと力一杯の挑戦をしないと
    心が軟弱になりがちだ

    と思いますので、
    挑戦する方向性で、
    アドバイスしてあげた方が良い

    と思うんです。

    体の性別、戸籍の性別を移行する
    前と後で違う人格

    では
    体の性別、戸籍の性別を移行した後で
    今までの人間関係が
    「全てリセット」

    になってしまう可能性があります。
    「そんな人知らないよ」って言われちゃう畏れがあるんですよねぇ。
    思い出の共有がないことになっちゃいます
    んで。

    ちなみに、
    自分の心の性を隠そうとしていたとしても
    みんな、ちょっと不思議なところがあるなと、
    性別以前にどういう人かの方を
    見ていると思います

    ので、
    隠そうとしていても、
    結構人格や行動に心の性が
    にじみ出てたりするもよう

    なんですよ。
    そういう場合は、
    体の性と戸籍の性の移行の前後で
    繋がった状態での人格認識を
    してもらいやすいだろう

    と思います。

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