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681.  犯罪者傾向のある人をかばえない

  • カテゴリ:犯罪者対応 (観察あるある)
  • 前の記事「680. 犯罪を受けて良い人は誰もいません」で書いたのですが、

    「犯罪をして良い」という理由は
    この世のどこにもありませんし、
    犯罪者のために生まれた人も
    いません。


    なんですよ。

    しかし、
    犯罪者傾向のある人、他の人を喰いたがる人、
    つまり、
    「人に迷惑をかけて、気分の良い人」
    が自分の発想で、
    持っていると思っているであろう人権通りに
    自由に発想をし、行動をすると
    他の人が犯罪にあったり、迷惑する
    んですよね。

    犯罪をすると罪に問われますから、
    「これくらいは大丈夫」「この相手なら大丈夫」などと、
    自分で偽の正当化をし、
    自分の中で「自分は安全圏にいる」と思い込んで、
    れっきとした犯罪をする

    んですよ。
    そうでなければ、自分の将来を捨てていることになりますから。
    自殺する予定でもない限り、
    「自分は安全圏にいる」と思っているだろう
    と思いますよ。

    「あれはダメ」と言われたことを除外して
    行動するようになるのですが、
    結局やりたいことに関しては、
    自分で理屈をねじ曲げて曲解
    (ねじ曲げて、正しく理解したつもりになる)をし、
    あり得ない、他の人からは身勝手と言われるような言い訳をして
    自分は安全圏にいるつもりで、

    さらに、
    自分では
    「自分が曲解をしていて誤っている状態だ」という自覚の
    持てないまま
    別の指摘されていない犯罪をしがち

    なんですよね。

    なんで、
    「犯罪をやれる言い訳なんか、この世になく、
    犯罪全部ダメ。
    つまり、犯罪者を守れる言い訳なんかない。
    そして、犯罪者は必ず自分が生き残るのに不利な状態になる。」
    ということを周知徹底しないといけない

    と思います。

    また、そういう犯罪者傾向のある人を
    「今回は許す」的に
    次回に期待をするような扱いをしても、
    結局、こちらの想像をしていない何かをやらかしてしまう可能性があるでしょうから、
    全くもって、信用できませんし、
    かばうことはできないんですよ。
    どうせ、その別の罪を自分でやらかすことで、自分で勝手に沈みがち
    ですし。
    かばっても、自分の信用がなくなるだけで無駄じゃないか
    と思うんですよねぇ。
    かばって、監督責任がこちらに来た場合に、こっちも沈みますからねぇ。
    切り離しです。


    「人に迷惑をかけて、気分の悪い人」でないと、
    完全な更正はできないんじゃないか
    と思うんですよ。
    (良い人は斬ってしまうと、こちらが罪人ですし、
    僕、そういう方面は全くやる気でないんですよねぇ。
    悪い人も殺してませんが。)

    どうせ、
    目を盗んで、
    何か粗相や迷惑、犯罪行為をやらかすでしょうから、
    犯罪者傾向のある人を完全に監督下にはおけない
    (アンダーコントロール的な扱いにはできない)
    と思っていますので、
    僕は
    犯罪者傾向のある人を支持するような行為や
    犯罪者傾向のある人の次回の行動に
    期待するような行為はしない

    ようにしているんですよ。




    <追記>2019.07.04
    「曲解」ってこんな感じ


    僕の目撃した「曲解」についてですけれど、
    こんな感じです。

    「○×△■(意味不明)」な事を、
    あーたら、こーたら言って

    「だから」を挟んで、
    「できちゃいそう」「やって良さそう」
    「と判断できる、俺安全」
    的な最終結論シュートになる

    んですよ。

    結論は上の理由が勘違いだろうが何だろうが、どうであれ、
    「できちゃいそう、やってよさそう、俺安全」
    となるんですよ。
    そういう結論しか欲しくないみたい
    で。

    「うんこドリル」でもそうでしたけれど、
    「だから」の前後がおかしい人っていますからねぇ。

    曲解の原因となる「勘違い」って、
    182. 正解と誤答」で書いたように、
    いくらでも人為的に(故意でなくても)作れますから、
    気をつけた方が良い

    と思います。





    <追記2>2019.07.04
    他人を喰らわないと
    成り立たない人生って
    何でしょうね


    「生きるためにはしょうがない」とかいう理屈を振りかざす人もいるのですが、
    そもそも
    他人を喰らわないと
    成り立たない人生って
    何でしょうね?

    なぜ、
    喰い殺される人間の命より
    喰らう側の人間の命が
    優先されるんでしょうか?


    少なくとも、
    「命の重さに差がない」
    という考え方からしても、
    全くありえません。

    また、
    他の人を喰らわないと生活、人生が成り立たない人
    って、
    生きている間に一人の人が稼ぐ分(一人の人の人生を成り立たせる分)があるでしょうけれど、
    途中で殺して喰らうでしょうから、
    一人分を喰らったのでは足りないでしょうしね。
    (すぐに使っちゃうかもしれませんしね。)

    当然、
    他人を喰らわない人のほうが
    他の人に迷惑を出しませんから、
    守られるでしょう

    ねぇ。




    <追記3>2019.07.04
    「誰でもいていい(区別されない状態)」が
    好きですよねぇ


    <追記2>の続きになるんで、
    書いてみます。

    犯罪者傾向のある人って、
    どんな人でもいることを許される状態、空間が
    好きなよう
    なんですよねぇ。
    区別されないのがいいようです。
    (義務教育の学校の教室とかってそうなんですが。)

    が、
    個人的な空間で、
    犯罪者傾向のある人と一緒にいなければならない
    という必要は
    僕たちにはありませんから、
    大概は追い出される
    んですよねぇ。

    「お金を出せば、良い客」に必ずなれる訳ではないですからねぇ。
    正直、お店に来てくれなくて良いお客さんもいますでしょうしねぇ。

    また、そういう迷惑がられている状態が普通の状態の人もいるようです。

    他に見たことがあるのは、
    「誰でもOK」に見えるのか、
    「みんな誰でも願った夢はかなう」というスローガンも好きなようですが、
    人間社会的に人に迷惑をかける人の行動は阻止されますので、
    「もし、あなたが良い人間なら(if you were good.)」と付くんですがねぇ。

    犯罪者傾向のある、他の人に迷惑をかける人は
    やっぱり区別されるだろう
    と思いますよ。
    危ないんで。




    <追記4>2019.07.04
    「曲解」ってこんな感じ 自己擁護のパターン


    僕の目撃した「曲解」の別パターンで
    自分の存在の擁護
    というのがあるんですよね。
    (書いておきます。)

    「○×△■(意味不明)」な事を、
    あーたら、こーたら言って

    「だから」を挟んで、
    「俺まとも、だから俺がこれやっても俺安全」
    的な最終結論シュートになる

    というパターンもあるんですが。

    「俺まとも」と思いたくて、
    とりあえず実際に思って、
    実際に、そのように行動しちゃっているらしい

    んです。

    こちらもあります。
    「俺がやろうとしているのは、あの犯罪じゃない。
    (あの犯罪は俺はやってない。実際はやろうとしていることは犯罪です。)」、
    「俺がやろうとしているのは、
    あの犯罪よりマシ
    (に思える。実際は犯罪です。)。」、
    「だから」を挟んで、
    「俺はみんなと同じ標準的な人間(普通の人間)。
    俺はまともな人間だ。
    だって、みんな、俺と一緒でしょ?

    (みんな、俺と同じでしょ?少し考えられる人の場合、「多かれ少なかれ」とか付くことがあるようです。)
    さらにもう一回
    「だから」を挟んで、

    俺がこれやっても俺安全。だって、みんな一緒ジャン。
    (周囲の善良なみんなは確かに逮捕されていない。)
    なんで、俺が(だけ)ダメなの?」
    的な最終結論シュートになる


    ようなんですよねぇ。
    自分のやろうとしていることを
    「マシ」とか思っていたりすると、
    自分の犯罪行動を許容し、
    同時に、自分の行動を他の人も許容するだろう(罪が軽くなるだろう)
    という、脳内変換をするようです。
    (誤変換ですので、ありえませんし、自分の頭の中でしか正しいと思われない内容です。)

    「犯罪」
    というのは
    「他の人が嫌がること
    (そのときに気がついていなくても、
    真実を知ったら嫌がることを含みます。)」をすること

    で、
    この条件が満たされているのに、
    程度問題にすりかえて「俺のはまだマシだから良いハズ」という発想になっているんですよ。
    (犯罪は程度の問題ではなく、全部ダメです。)

    ね、上記は勝手に誤変換して内容を誤って書き替えていますよね。

    そして、
    「俺のはまだマシだから良いハズ」
    というのは、あくまで「ハズ」が付いていて、
    勝手に相手の反応や気持ちを決めつけていて、
    相手の気持ちをきちんと考えられていない状態である

    ことも
    示されています。

    「相手が嫌がったら全部ダメなんですよ」

    居場所なんかないんですがね~、
    自分は他の人から受け入れられる

    と思っている(思いたいから、そう思っているだけ)ようなんですよねぇ。




    <修正>2019.07.04
    周囲の善良なみんなは
    確かに逮捕されていない。)
    としました


    <追記4>の
    自己擁護をしつつ犯罪する人の
    思考回路のあるあるパターン

    の中で

    「みんな」がどんな「みんな」か、明示できていませんでしたので、
    周囲の善良なみんな」として、

    (周囲の善良なみんなは確かに逮捕されていない。)

    と変更しました。

    まあ、
    こういうことをしゃべったり思ったりしている人
    って、
    自分と他の人の行動の種類が
    区別できてない場合もあるよう

    んですよね。

    人によって、
    その人の行いが違いますから、
    「他の人から扱いを受ける人」が誰かによって、
    受ける扱いが異なるのは当たり前

    なのですが、
    よくわからないのか、
    自分と他の人の異なる扱いを
    受け入れられない場合があるよう

    なんですよねぇ。




    <追記5>2019.07.04
    「○×△■(意味不明)」の例


    <追記>で
    「犯罪できる」という結論に達する曲解の例を
    下記のように出したのですが、

    「○×△■(意味不明)」な事を、
    あーたら、こーたら言って

    「だから」を挟んで、
    「できちゃいそう」「やって良さそう」
    「と判断できる、俺安全」
    的な最終結論シュートになる

    んですよ。

    「○×△■(意味不明)」な事を、
    あーたら、こーたら言って

    の例を書いてみたいと思います。

    その1.
    犯罪のターゲット(被害者)に対して
    「○○」をやってあげているから
    (バーター条件という考え方もあるし、)
    これくらい俺の好きなことをやってもいいだろう。
    (嫌がられることであっても、そうでなくても対人関係的に間違えなおかしい物言いですが)

    その2.
    犯罪のターゲット(被害者)が
    自分や自分の会社以外頼る人やお金の稼ぎ口がない
    と思ったとき。
    「他所に行けない、他所に行かない」前提となるようで、
    自分とターゲットの1対1の関係しかこの世に事実上ないと思い込んで、
    心理的な閉鎖空間(犯罪がよく行なわれる条件です。)が成立したと思って、
    「この人が生きていくためには、自分の犯罪を喰らうしかない。
    命を自分が握っている状態だ」
    と考え、
    犯行に及ぶ
    こともあります。

    当然、加害者にとって都合の良いでっちあげ理屈は
    他にもいくらでもあるのですが、

    その1.その2.共に、
    実は、
    ターゲットが「他所に行けない、他所に行かない」という、
    加害者側の思い込みが間違えで、

    人間社会、この世は広いですから、
    自分にとって安全な人を見つけることはできるはずなので、
    広く「助け」を呼ぶ方が助かりやすいのではないか

    と思います。

    この2つに関しては、
    「自分にはあんた以外の他にも
    生きるチャンスがあるよ」
    というのを見せるだけで、
    つけ込みにくくなりますし、
    自分がドン詰まらないように、
    選択肢を沢山持って
    対応するのが有効だろう

    と思います。




    <追記6>2019.07.04
    <追記5>は
    被保護者虐待の場合でも
    ある


    <追記5>は
    成人前のこどもさんや会社に勤めている人、
    大学院などの修行の場で修行している人など
    被保護者虐待の場合でもある
    んです。

    誰か、助けてくれそうな人だと思っている人(近所の人かもしれません)が
    騙そうとしてきた場合も
    そうかもしれませんし、
    本来対等であるはずの人々の間でも、
    例えば夫婦間だとしても
    本人の思い込みによって
    自分の暮らす環境を追い詰められることによって、
    <追記5>の犯罪が行なわれることが
    あるだろう

    と思います。




    <追記6>2019.07.04
    生活費を稼げない人は
    狙われやすく危ない


    専業主婦さんも、生活費が稼げないと
    つけ込まれたりします。
    そういう伴侶は即離婚できるハズなんですが。)
    伴侶を含め、
    付き合う相手をきちんと選ばないといけません。
    (「とりあえず、俺稼ぐから、働かなくて良いよ」とか言われて、
    自分のお金がない状態にされてつけ込む人がいるかもしれませんからね。)

    生活費で縛られちゃう場合がある
    んですよね。
    「お金は大事に」です。
    未成年や修行をしている人だと危ないんです。
    他の生きていける場所としての逃げ場が必要になると思います。)





    <追記7>2019.07.04
    様々な方法で
    「生活費を稼げない人」に
    されちゃうかも


    <追記6>で専業主婦にされて、
    現実にお金がなかったりして、
    心理的に縛られてしまう人がいると書きましたが、

    ターゲットとなる人物を作るために、
    もう1段階の準備が仕込まれていたりします。

    報道で取り上げられる虐待事件は
    生命が奪われる程のひどい虐待事件や
    性的な虐待事件が多いと思います。
    なぜ、そこまで虐待できるのか、傷つけられるのか
    非常にゆるしがたいのですが、
    他にも見えにくい虐待があると
    僕は考えています。

    それは、
    「自分で生きるための力を付けさせない」
    という虐待

    です。

    「あれ勉強しなくて良いよ、学校に行かなくて良いよ」
    などと言うこともあるでしょうし、
    お稽古事をさせない、学習に必要な教材を与えなかったりして、
    (逆に、「うんこドリル」「おならドリル」を与えて、頭の中を崩壊させるなどもあります。)
    本人の成長を妨げたり、
    また、
    倫理的な道徳観をおかしく教えることで
    社会に出られない人物にしたりして、


    成人になったときに自分でお金を稼げない
    ようにしようとする親がいます。


    また、何を頑張れば成功するのか(例えば、入試で成功するのか)がわからない人を
    むやみやたらと頑張らせて精神力を消耗させ、
    失敗させようとしているとしか思えない無理な目標に挑戦させて
    (実力が足りないので、失敗してしまうのですが。)
    「一生懸命頑張っても失敗する」ことを
    こどもに体で覚えさせているんじゃないかと
    思われる親もいます。


    頑張らないと大きく成長しにくいでしょうから、
    非常に問題のある教育方法です。

    様々な方法で、
    巧妙に
    稼ぎにくい人物像にされ、
    結果として、
    親を始めとする犯罪者に囲い込まれることがある

    んです。

    本人の稼ぐチャンスを減らすことを
    他人がしてはいけません

    から、
    本人が成長するための学習に関して、
    先生を含め、他人が制限をつけることはできません。


    また、専業主婦となって仕事の現場を離れると、
    正社員として十分に稼ぎにくかったりするかもしれませんので、
    無為なブランクを作らされるのも、
    危ない条件である

    と思います。





    <追記8>2019.07.09
    文言単位でアレンジした理由や行動なら、
    やってもいいと思っているらしい


    犯罪者傾向のある人に、
    その人のどの行動がダメなのか説明する

    としますよね。

    そうすると、
    その言葉通りの行動のみダメ
    と理解するようで、

    (根本的に何が悪いのかわかることができないようなんですよ。)

    「○×△■(意味不明)」な事を、
    あーたら、こーたら言って

    「だから」を挟んで、
    「できちゃいそう」「やって良さそう」
    「と判断できる、俺安全」
    的な最終結論シュートになる

    の一連の勘違いの考え(曲解)の


    ちょっと言葉をいじったぐらいの
    アレンジバージョンの理由を思いついたり、
    やることをちょっと変更してみたりして
    「これは大丈夫」と思うらしい

    ので、

    結局、
    また別の迷惑をやらかすことになりますから、
    無害な人に変われにくい


    ようなんです。

    とにかく、
    文言違いレベルぐらいの変更でも、
    指摘された言葉と違っていれば、
    「これは大丈夫」と思うらしい

    というのは、
    「自分が他の人に対して無害な状態」を発想できないし、
    わからず想定できないからこそ、
    そのような無害な行動が
    その人から見受けられないんだろう

    としか思えないんですよねぇ。

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    高久 真生(たかく まさお)

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    「おこさま、いらっしゃ~い」 2020.10.18更新
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