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661. 保証のできないことは普通しないと思うんですが。

  • カテゴリ:解釈<3>
  • 自分で保証のつけられない行動、
    保証が付かない行動って
    しないほうがいい

    んですよね。
    安全であるという保証がないですから。

    「安楽死」の一般論についてですが、
    僕の考える事を書いてみたいと思います。

    前もって知ること、価値を知ることが
    人知を越えているがために
    人の力では知ることができない
    「生命、死、これから起こるであろう様々な出来事(喜ぶこともあるかもしれません)、すなわち未来」
    について、
    医者である人間が査定をし、
    その基準を満たすかどうかのリストを作って、
    条件を満たせば「安楽死」をさせる
    というシステム自体に不備があるような気がして
    しょうがないんですよねぇ。

    わからないものに、
    「これは該当」「これは異なる」という物差しを入れるんですから、
    どれほど満たすべき条件が考え尽くされていて
    きちんと考え尽くせて揃っているのか、
    他に生きられる条件がないか探し尽くせているのかなどの問題

    人知を越えてしまうがために、
    人間である医者や科学者を始めとする
    人間の誰も考えた条件を正しいと
    保証できないんですよねぇ。
    条件リストが正確に判断するのに完備な状態かが、
    人間には誰にもわからない
    んです。
    (完備:完全に備わっていること)

    人って、
    物事の全体像がわかって
    初めて、人工的な物差しを正しく
    入れられるんだ

    と思うんですよねぇ。

    さらに付け加えると、
    人が考えた物は
    あくまで仮説ですので、
    ちゃんと判断できているのかが
    大丈夫なのかが原理的に心配なんです

    ねぇ。

    人が考えた物や説を
    受け入れる前に
    一度疑問を持って、
    問題の底の底から洗い直して、考え直して
    検証することの大切さは
    このサイト「ファニーステップ」で
    お勧めしているテーマの一つ

    なんですよね。
    妥当か確認しないと、信じられないんですよねぇ。
    (安楽死のリストは誰の作ったリストなんでしょうか。)

    そういう観点からのみの気づきを書かせて頂きたいと思いますが、
    非常に心配なんですよ。
    人の命がかかっている場合、
    判断できないことは、なおのことできない方向性だろう

    と思うんですよねぇ。
    やっぱり、心配なんですよねぇ。



    <追記>2019.06.03
    とりあえず、
    個々のケースについては
    述べていません


    個々の事情は測りしれませんので、
    ノーコメントとさせて頂きます。

    本文は「人知についての一般論」
    です。




    <追記2>2019.06.03
    「日本では安楽死は
    認められていません」
    (基本情報として掲示)


    この基本情報をこのブログの記事に付けておきたいと思います。

    日本では認められていないんですよね。

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