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634. 資本主義は絶対か???

  • カテゴリ:仕事
  • 日本国や多くの国は
    「資本主義」という方法を使っています。

    「自分たちの利益を求めて、
    商品を作り販売し、
    そして、そのための資本を出す」
    という方法だと思います。

    人は自分の行為に対して、何らかの反応を欲する
    と思いますので、
    自分の働きや寄与に対して、
    何らかの適切な反応がきちんと返ってくることが
    とても大事

    だと思います。
    感謝の形としてお金という形を取ることもあるかもしれません。
    (体を動かせるようになった赤ちゃんが、
    大きな音を立ててみて、
    自分の行動に対して反応が返ってくるのを
    楽しんでいたりするじゃないですか。)

    ですから、
    資本主義は
    「お金、知恵、汗」の3種類の寄与に対して
    お金などの形で
    相応の適切な反応、反響が
    他の人から返ってくる

    という
    人にとっては
    結構、健全に努力し、能力を発揮しようとする
    気持ちになりやすい
    人にとって健全な方のシステムではないか

    と思います。
    働いた人、それぞれの寄与に対する利益の再分配の割合については、
    別途考慮すべきことではないか
    と思います。)

    貨幣経済になり、
    人の作った物は何でも(サービスでも物品でも)
    お金と交換することで
    手に入れることが出来るようになって、
    分業化が進むことができました。

    「利益を求めて」という動機が大事なのですが、
    ということはつまり、
    「利益を求めたい商売」がないと
    その商売は成り立ちませんし、
    商売として成り立たせるための「独自の知恵」がなくても
    商売として成り立ちません。

    この「独自の知恵」を求めて、
    「公共事業を民間に任せてみよう」
    という動きが出るんだと思いますが、
    僕たちの社会を構成する人々の中に「問題を解決する知恵」がない限り、
    破綻するでしょう。
    誰か持っていれば、商売になりますが。

    どの商売に関しても、
    その商売をしたいという有志が
    社会に存在して初めて
    そのサービスや物品は
    その社会に提供される

    ことになります。
    (何度も書きますが、その手に商売が成り立つための「知恵」がないと
    事業は破綻して、サービスはその社会に提供されません。)

    資本主義は
    社会を構成する人々の
    職業や商売の自由選択の意志や解決能力のみに
    任されているシステム

    とも言えると思います。
    商売として成り立てば、成功した
    という問題

    だと思います。

    つまり、
    「利益を確保できない商売、産業」は
    ニーズがあっても
    「参入する人がいない」という事態が起こる

    でしょうし、
    力や能力のあるなし(資金力があるかどうかも含めて)が原因で、
    弱い人、不都合のある人などが
    置き去りにされてしまうような状態がある

    (僕は、あまり他の人を不幸だとは決めつけたりしないのですが。)
    つまり、
    「資本主義の観点からだけでは、
    社会の中で人々の不幸せの見落としが
    発生してしまう」ような状態

    では、
    「資本主義では手の届かない幸せ」が
    実際に発生してしまっている状態

    でしょうから、
    そういうときに公共の資金、税金を使って、
    みんなの幸せをキープすることが必要になるのではないか

    と思います。

    資本主義では見落としが出てしまって
    みんなが人として
    幸せに安全に暮らせない場合が発生する場合

    に、
    政治や行政による公共事業という
    公的資金による補完が必要になる

    のではないかと思います。

    現在の日本の社会システムには
    資本主義と
    政治、行政による公共事業の
    2つがあります

    ので、
    資本主義という有志の人の頑張りによる幸せの最大牽引と共に、
    見落としになってしまう分野の行政政治的な補完で
    みんなが幸せに安全に暮らせる社会ができているかもしれないので、
    そういう意味では
    結構、良い社会のシステムの状態ではないか

    と思えるんですよね。
    (僕、今あるナイスなシステムでみんなに浸透しているシステムが十分活用されないで
    別のシステムと置き換えられるのは、好きではないんです。)




    <追記>2019.04.15
    「雇用する、雇用される」
    という行動も
    社会的に必要なもよう


    会社やお店として
    商売が成り立つためには、
    「知恵」が必要なのですが、
    社会を構成する全員が
    アイデアを持っているでしょうか?

    商売が成り立つ知恵、アイデアを持っていれば、
    社長さんになれるんだ
    と思います。

    しかし、その知恵を具体化、具現化するためには
    一人では難しく、様々な人の協力が必要になるでしょう。

    そこで、
    「雇用する、雇用される」という行動形態
    が発生し、
    とりあえず「商売として成り立つ知恵」が
    今、自分になくても
    お給料という形で生活が成り立つ

    ことになると思います。

    現在は
    雇用、被雇用の行動形態があるために、
    資本主義経済で、

    利益の再分配という問題がありますが、
    (働かせすぎというのも、再分配がおかしいですから、規制が必要です。)
    みんなが働いて自分の寄与に応じて
    ご飯を食べられるチャンスが
    できている

    のではないかと思います。




    <追記2>2019.04.15
    「雇用される」ことでの
    職業選択の機会が
    あることも大事


    <追記>で
    職業として成り立たせるための(その)知恵を具体化、具現化するためには
    一人では難しく、様々な人の協力が必要になるでしょう。

    と書きましたが、
    会社経営はしないけれども、
    「その商売における実作業は好き」
    な場合は、
    職業選択を有志を持ってすることになりますから、
    やっぱり自由な職業選びの点でも
    分業という形での
    有志の商売の担い手を生めるので
    「雇用する、雇用される」という行動は
    大切ではないか

    と思います。

    <追記>では生活の保障という観点からのみ書きましたが、
    「雇用、被雇用」という行動形態によって、
    社内分業という形での
    自由意志による職業選択の機会ができる、
    そして、
    どなたか有志が社会にいて、
    その人が会社にやってきて成り立つシステム

    と言えるだろうと思います。
    (「おなかだけでなく、心も幸せに」ということです。)




    <追記3>2019.04.15
    実作業が好きでないと
    仕事にならない


    クリエイティブなことをしたりして
    知恵を出す方向性の人で
    自分の仕事は「作業」では表せないよ
    とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、
    自分の仕事が具現化するのは
    頭で思考したり、
    心で感じたり、
    手を動かしたり、
    体を動かしたり、なども含めた、
    何らかの実作業によってのみ

    ですので、
    そこができないと、
    仕事ができない

    ことになります。
    さらに、
    「内容が好きでも、
    やる実作業、仕事で必要な自分のする行動が嫌い」
    な場合、
    仕事として続きませんので、
    まったく仕事にならないことが
    予想されます。

    ですから、
    「実作業」と書かせて頂きましたです。




    <追記4>2019.04.15
    短くまとめると


    上記で、
    資本主義と公共事業の良い塩梅での組み合わせが
    いいんじゃないかと、
    アピールしたのですが、
    まとめてみます。

    根本の根」の「なんで勉強するの? その4 ~責任をもってお金を稼ぐ~」で
    書いたように、
    自分の身の回りの必要な物を自分だけで作るのは
    非常に大変なので、
    得意な人が仕事した物をお金を出して買って、
    そのためのお金を自分の他の人より得意なことで稼ぐ
    のが一般的だと思うんですよ。

    社会全体を見わたして、
    みんなの生活に必要な物は、
    毎日生活していると発生するし、
    また、個々人の事情により人によって異なる必要な物、
    つまり、
    様々な人の抱える困難なこと(病気や障害など)に対応したり
    人として楽しく暮らしたりするのに必要な物やサービスが
    ありますよね。
    その全部が、社会全体で生産されないといけないんですよね。

    必要な人がいたら、買ってくれますから。

    で、資本主義では「金、知恵、汗」という
    商品やサービスを作って提供するのに
    必要な働く人の寄与の仕方があり、
    みんなが分業して
    有志が
    商売が成り立つ、やりたい商売で商売をする
    ということになっているんですよね。

    「自由にやりたいことをやって、稼ぐのを頑張れ~!!!」ということです。

    で、商品やサービスごとの商売がなりたつ分業が
    会社さんで背負っている物で、
    商品やサービスを提供するのに必要な社内分業が
    雇用、被雇用の行動により成り立っている
    ことになっているんですよね。

    で、
    「自由にやりたいことをやって、稼ぐのを頑張れ~!!!」で、
    商売が成り立つのが難しい場合でも、
    (必要な人の数が少なくて、商売になりにくい場合や
    費用が高すぎて個人では払えないような場合や
    必要な利益を出しながら経営する知恵が僕たちの社会にない場合や
    国や行政単位での仕事など)
    サービスや商品が必要となりますので、
    (ないと困りますよね。)
    稼ぎたい人の有志を募って「頑張れ~!!!」というシステムでは
    足りないサービスや商品を
    採算を重視しないで、
    個々人にきめ細やかに提供することが必要になり、
    みんなのセーフティネットとしての
    公共事業だったり、
    税金でのサポートなどが必要とされたりするんだ
    と思います。

    結局のところ、
    一旦、
    「他の人に対する自分の行動の反響や影響が
    わかりやすくて、
    報われたと感じやすく
    やる気の出やすい」
    という
    人間の本能に自然な形で稼ぐ「資本主義」で
    有志による商品やサービス提供を募って、
    それだけでは まかなえない商品やサービスを
    公共事業で対応することで、
    社会みんなに幸せが行き届いてめでたい状態になると
    いいのでは

    と思うんですよね。




    <修正>2019.04.15
    <追記3>のお題を修正しました


    <追記3>のお題に
    意味不明な文字が入っていましたので、
    消しました~。
    すみません。




    <追記5>2019.04.16
    利益の分配について思うこと

    (日付修正しました)

    会社などの集団で商売をしている場合、
    会社単位で商品やサービスを提供し、
    お金を受け取っていることになっていると思います。

    つまり、
    お金を受け取る窓口が1つで
    会社として一括して受け取っている

    ことになります。

    ですから、
    「金、知恵、汗」で表される寄与の大きさによって
    (兼ねている人もいるでしょう。)
    利益を会社内で分配して、
    働き手の人に渡すのが
    普通だ

    と思います。

    時間単位で雇われている人が生活できないような給料では
    非常に困ったことになりますが、
    (また、職業内容が好きであっても、
    給料が安すぎて職業選択の候補に入れられない
    というのも、優良な働き手を集めることができにくくなると思います。)
    そもそも会社として
    お客さんから受け取ったお金以上のお金は会社にはないのが普通ですから、
    会社として儲からない、より多くのお金を受け取れないと
    雇われている人などの会社の働いている人の給料が上がることはない
    でしょう。
    (会社にプールされているお金が少ないと、
    会社としてちょっと不利な状況になったらすぐ倒産ということにもなりかねませんし、
    その辺の塩梅は会社さんごとに方針が異なると思います。)

    たとえ、
    自分が大きな契約を結んで、
    お金が会社に入ったとしても、
    100%自分の利益になることはなく、
    会社によって提供された場であったり、
    その他の費用がかかっているでしょうから、
    「自分が、自分が」というだけでなく、
    その契約を結ぶための会社の寄与もきちんと考慮に入れないといけません。

    会社内での分業ができても、
    商品やサービス自体が売れないと
    分業すること自体意味がなくなります
    ので、
    そういう意味で、社長さんが会社を続けるというのは大変だと思います。

    例えば、会社命令での仕事のみに注意が向いている人の場合、
    それ以外の仕事業務への関心がないと、
    新しいニーズに対応できないことになります。
    社長さんには
    「社外のニーズを把握して業務内容を検討する」という
    「社内の仕事しか知らないとできない重要な任務」もある

    んですよね。

    お金がないと人件費も材料費も出ませんが、
    知恵がないと、お金の使い道がわかりませんし、
    作業をしてくれる人もいないと、
    製品製作、提供ができませんので、
    みんな大事ですが、
    今は「知恵」が大事な時期だろう
    と思います。




    <修正2>2019.04.16
    <追記5>の日付を修正しました


    日付が変わってました。
    すみません。



    <修正3>2019.04.16
    <追記5>の日付を修正したら、文字が消えてしまいました


    すみません、<追記5>の表示を元に戻しました。
    お手数をかけてしまい申し訳ないです。




    <追記6>2019.04.16
    職業選択において思うこと


    僕、職業それぞれについている人にとって
    その職業をやっている、プロになっているからこそわかる
    仕事を通じての喜びや面白さ
    ってあるんじゃないか

    と信じたいんですよ。
    (全ての職業における都合を知りませんので、僕は「信じる」と書きました。)

    実際の実作業の中で喜びがあるから、
    仕事ができるけれども、
    その仕事をしていないと気がつかないかもしれない喜び
    があるんじゃないかと、
    その立場だからこそわかる喜び面白さがあるんじゃないかと
    思っているんです。
    端から見ていて、知らないと、
    つまり、素人目にはということなんですが
    何が楽しくてやっているのかな?
    とか思っちゃったりするかもしれませんが、
    「面白ポイント」があるんじゃないかと思うんです。
    (素人だから知らないだけで。)

    仕事をしていて、訓練されているからこそ
    判別できる、気がつける喜びや面白さが
    あると思うんですよね。
    (面白いという気持ちだけ要求して、お金が来ないのも困りますが。
    ちゃんと「利」にあたる自分の寄与分の給料も必要です。)

    仕事って、人って深いと思います。




    <追記7>2019.04.18
    「働きたい有志が頑張る」ということは


    「資本主義」
    に関して、
    「働きたい、稼ぎたい有志が
    自分の望みに従って頑張って、
    自分を含めたみんなの必要な物やサービスを
    生産することが期待されている
    経済活動の方針」

    であると思いますが、

    同時に、
    「基本的には、働いた分しか、お金はきません。」
    つまり、
    働きたい有志が働いた分(その人の寄与分)に
    対価が支払われるので、
    働いていない人にはお金が来ません。


    働きたくないのは自由意志ですので、
    特に「働くべき」とは書きませんし、
    「資本主義」の社会だからと言って
    働くことが強制されているわけではありません

    ので、
    「資本主義」では働かない有志に対しては
    収入が全く保証されません

    が、
    なんとかやりくりできて
    他の人に無害に
    暮らせてるなら、
    いいんじゃないかな
    と思います。

    他の人の物を奪うのはもってのほかです。
    犯罪をして調達するのはダメですし、

    ヒモになるのが目当てで、相手の人を騙して結婚しちゃダメですよ。
    (「410. 結婚は演技か?」も、どうぞ。)

    「働かなくてもお金が欲しい、人並み以上に暮らしたい」という人がいるように思いますが、
    「よく働いても働かなくても手に入る物は同じ」だったり、
    「寄与が大きいのに、十分に対価、報酬が得られない」経済システムだと、
    働きたいみんなのやる気が出にくいようで、
    「社会みんなの必要な物、サービスが全部生産されない」事態が起きて、
    飢饉がおきてしまうかもしれないぐらい
    生産性が下がるようなので、
    資本主義の方が良いようなんですよねぇ。

    あ、
    家庭内生産
    (自分の家で消費する物品やサービスを作ること、つまり、家事など)
    は大切な生産活動だ
    と思っているので、
    間違っても、「主婦の方が働いていない」などとは言っていません。
    (それを、全部人任せにすると大変なお金がかかりますから。
    328. 副業禁止についても、どうぞ。」)




    <追記8>2019.04.18
    現在のシステムあれこれ


    その他諸々関連事項について考えたことを書いてみたいと思います。
    (全てではないと思いますが。)

    「資本主義」における公平な利益の分配を考えると
    「利益を生むために提供した寄与、貢献の割合で分配」することになります。

    徹底した寄与割合による分配だけだとすると、
    1日8時間、月22日(平日)働いたとしても、
    生活が成り行かない人が出てきてしまう可能性があるので、
    みんなで決めたルールとしての「最低賃金ルール」で介入することで
    救済を図っています。

    みんなの生活基盤などはみんなの税金で建築されますので、
    沢山稼いだ人ほどみんなの生活基盤設立に寄与していることになります。
    恩恵をみんなで受け取るので、
    こちらでも調整が入っています。

    しかし、利益の寄与割合による配分ですので、
    働いていない人はその商品やサービスの生産に対する寄与が0ですから、
    お金が入ってきませんが、
    働いていたとしても、
    能力によって寄与割合が大きく変わります
    ので、
    たいして能力がない状態で
    「このままの俺のままでもっと金をくれ、もっと良い生活をさせろ」と言われても、
    「勉強したら良いのでは?」とか「修行しようよ」というアドバイスしかありません。
    (性格的に対人関係に難があって、
    仕事ができないのは、心を成長させることをお勧めするのが第一歩な気がします。)
    修行しないのも本人の自由な選択ですので、補助金はないでしょう。
    (就業のための訓練に対して補助金が出るのは僕としてはわかります。)

    収入がない人の生活の様子を考えてみました。
    元々資産があれば、それを使って食べられますし、
    お金を使わないように暮らせれば、生きていけるかもしれません。
    生活保護の人は「資本主義」的な枠組みではなく、行政サービスの枠組みで暮らしていらっしゃいます。
    また、重度の障害や怪我があるなどで働けない人や沢山働くのに困難がある人は、
    社会みんなの「その人に対して生きていて欲しい」という気持ちの乗った補助金が届けられていると思います。
    (補助金は「困っている人がいるけれど、こうだといいよね」というみんなの願いが載ったお金と言えると思います。)
    外では働くのが無理でも自分のペースでお家の仕事をすることで、
    伴侶の人やグループで共同生活できているかもしれません。
    自給自足ができていれば、大丈夫ですし。

    折角なんで、
    やっていると楽しくて、
    「できるようになったらかっこいいぞ、自分」と思えることで
    仕事になるといい

    と思います。




    <追記9>2019.04.18
    社会のみんなで世界中のニーズを満たす


    社会のみんなで世界中のニーズを満たすのが
    (そして、次に「楽しく暮らす」という目的が来ると思います。)
    僕たちの生産活動の最終目的で
    一番効率がよいのが
    働きたい、稼ぎたい有志にお任せする
    「資本主義」(金、知恵、汗が生産には必要です)ではないか
    という議論だと思うのですが、

    「他の人のニーズを満たす商品、サービスを販売すれば、
    何を売っても商売活動になる」

    んですよね。
    (人身売買などの、身を売る系は自分の体も他の人の体もダメですよ。
    自分の作り出す商品、サービスを売るんです。)

    みんなの新たな欲求を生み出すこともアリですよねw
    (みんながまだ知らない、
    「こんな面白いのあるよ~」とか「良いものあるよ~」のおすすめ)

    で、
    結局、
    みんな、自分に必要な全部の商品やサービスを
    買うか、作るかして集めて生活している

    のですが、
    売り手は「買い手の仕事の代行業」
    なんですよね。

    どういうことかというと、
    例えば、
    自分でお野菜を作る代わりに、
    農家の人に作ってもらって、
    運送屋さんに送ってもらって、
    スーパーで仲介してもらっていて、
    その寄与に対して対価を払っているので、
    自分でお野菜をゲットするのに必要な活動の
    代行をお願いしているので、
    商売をしている人は「代行業」なんです。

    ただし、
    僕たちは他の人にお金を払って
    「代行」をお願いしているのですが、
    何でも金で買えば良いということでもなく、
    自分でやれば経験値が入りますから、
    自分でやるのも大事だ

    と思います。

    また、自分の作品だけで身の回りを埋めるより、
    他の人のアイデアや感性もあった方が楽しいですから、
    他の人の作品を買わせて頂くという
    お金のやりとりがあるような気もします。

    そして、
    単価については、
    競争相手がいない唯一無二の商品やサービスのほうが
    高い傾向にあるよう

    です。

    プロフィール

    高久 真生(たかく まさお)

    Author:高久 真生(たかく まさお)

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    「おこさま、いらっしゃ~い」 2020.10.18更新
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