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624. 生物はセンサーがなければ、感じられない

  • カテゴリ:丸暗記と考える力
  • 僕たちのカラダには
    感覚器という
    自分の体の外からの刺激を
    感じて知るセンサーが付いていますよね。

    五感(触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚)で
    代表されていますけれど。

    この感覚器がゲットできない刺激の元物質
    例えば、鼻のセンサーでキャッチできない物質
    空気中に漂っていて
    目の前にあったとしても、
    僕たちにとっては
    「ない」も同然で、
    存在を感じ取ることができません。


    同じ人類でも、
    鼻の良し悪しで、
    他の人には「無臭」と思われている空間状態でも
    鼻の良い人にとっては、「においの元の物質があるぞ」とわかることがありますよね。

    なので、
    「無臭」の状態は、
    僕たちにとっては、
    本当に物質がないのか、
    単に鼻のセンサーに引っかからないだけなのか
    区別が付いていない状態
    です。

    同様のことが、
    人の心にも言えるよう

    で、
    様々な物事、人模様、人それぞれの事情などに対して、
    心で感じ取るとっかかりが心の中にないと、
    全く感じられないよう

    なのです。

    この、
    「心で感じ取るとっかかり」

    「心の感受性」
    と言ったりすると思います。

    ある人が好きな物事に対して、
    (電車でも虫でも、自然でも)
    「何がおもしろいのかわからないよ」と
    思って共感できないことはありませんか?

    (変質的な物はわからなくて、共感できなくて、
    幸せかもしれません。)

    それは、
    「ドキドキポイント」や「ワクワクポイント」などの
    見所がわかっていないからかもしれません

    し、
    自分の人生経験が足りないために、
    相手の事情や心情を推測し、
    思いやることができないから

    かもしれません。

    自分の目先の利益、それを手に入れる快感のみにセンサーが付いている人の場合、
    そういうクレバーなことをしない人は「バカ」だと思うかも

    しれません。
    「自分の目先の利益、それを手に入れる快感」よりも
    深くて温かい喜びを知っている人の場合には
    自分で選んで、結果、選ばないだけのものだったりする

    のですが。
    (要するに、「うらやましくないよ」ということなんです。もっと良い物知っているんで。)

    「自分の目先の利益、それを手に入れる快感」よりも深くて温かい喜びを知らない人にとっては、
    当然そういう価値観がないですから、
    そういう価値が発生している、または、自分で創造することができることに気がつかず、
    「自分が得な方が賢いジャン」「あいつ、バカ。俺賢い」みたいな結論になって、
    「うはうは」しちゃうんじゃないか

    とも思います。

    映画や本を読んで批評をすると、
    映画や本から何を感じ取ることができたか
    が如実に出て、
    批評にもその人の人生や感性が出るんじゃないかと思っています。
    特に映画は、文字情報になっていない情報が多いですし、
    監督さんの力量が大きいですので、
    結構、批評する人の心のキャパシティ(容量)が出ると思います。

    人に対する体験や自分の心を動かす経験を増やすことで
    人の心や人の事情に敏感な人になれる

    と思うんですよねぇ。
    同様に、その他のことも修行をすると、
    その道で感じる物事の感度が上がるだろう

    と思うんですよ。

    他の人と話しているとき、
    特に自分のよく知らない人の話だと、
    相手が何を感じて、心の中で想起しているのかを感じられないと、
    その人の話をリアリティを持って、
    自分の心で共感しながら聞くことができないと思うのですが、
    それも
    自分のそれまでの人生体験や心の豊かさが
    共感度に反映しているんじゃないか

    と思うんです。
    対人関係って
    自分の発想以外の発想をする人が相手なんで、
    結構、複雑ですし、
    みんながにっこり笑って楽しめる状態にするのも
    かなり広い心と複雑な思考を要求されるよう

    ですので、
    ちゃんと相手の存在を感じる人付き合いと
    自分の心を動かす経験を
    大事にした方が良い

    と思います。
    (読書で、自分のわかるところだけ拾い読みをしたり、
    自分の発想だけをたどって読むというのでは
    対人関係の訓練になりにくいようです。)

    対人関係で自分と相手の双方が居心地良く暮らせるようにするのは、
    子どもの頃からの経験の積み重ねですので、
    大人になれば自動的に本能的に勝手にできる物ではないと思います。
    (幼稚園に入る前から、そういう訓練の段階になっているのですが、
    幼稚園は全員行ける子は行った方が良いと思うんですよねぇ。
    その辺から躓いていそうな人がいるようなんで。)

    そういえば、
    どうも、自分の頭と心が動いている人は
    そういうのが人としてスタンダードだと思って、
    心があんまり動いていない人の実態と存在を知らず、

    心があんまり動いていない人は
    動いている人との違いをキャッチできないせいか、わからず、
    心が動かない人が人としてスタンダードだと思っているようで、

    お互いのことをあまり知らないようなんですよね~。
    (それにしても、迷惑は根絶したいですねぇ。)



    <追記>2019.03.16
    心は刺激に反応して動く


    心って、
    外からの刺激に反応して動いているんだと思うんですよね。
    (体の中から神経を通して伝わってくる刺激もありますけれど)

    他の人の行動を見ることや
    他の人の言葉を聞くことなどは
    外から心への刺激
    となると思うのですよ。
    (自分の頭の中で発生した思考や感情も、
    新たに自分の頭と心を刺激しますが。)
    つまり、
    心が反応する刺激の元となる物質があるかないか
    を心が判断する

    というなので、
    「心の感受性に関して、感覚器と同様に」
    という議論展開をしました。




    <追記2>2019.03.16
    心がより動くほうがおすすめでは?


    同じ時間を過ごすのであれば、
    より大きく心が動くチャンス
    のほうを選ばれることを
    お勧めしたい

    と思います。

    直接会う方が心が動くでしょうし、
    読み聞かせや生歌、生演奏などのほうが
    心がより大きく動くのではないかと思います。

    そういえば、
    「感動した」というだけの感想を言われる方が
    たまにいらっしゃるのですが、
    自分の心が
    何を
    どのように感じて
    結果、どのように動いたのかが
    空欄(ブランク、空白)となってしまうので、
    そこも自由作文してみると良いのではないか
    と思います。

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