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617. 教育とは

  • カテゴリ:教育(小学生の保護者向け)
  • 僕の持論を書きます。

    「教育」
    とは
    「教育を受けた人の
    生きる(生き残る)チャンスを
    増やすこと」

    だと思っています。

    なので、
    教育する内容に制限を付けることは
    教えた相手の生き残る可能性を縮小することに
    かなり直接的に
    つながりかねません

    ので、
    普通他人がそのような制限を付けることはしません。
    (僕は塾の先生として
    生徒さんが受け取り、自分の力でにっこりと咀嚼して身につけられる最大量を渡す
    ように気をつけていました。
    また、日本の税法はその点、
    非常に良く考慮されているようで、
    社員教育啓蒙するための教材に何でも選び、
    「費用」とできたはずですので、
    いいなあと思います。)

    「先生」

    生徒の「チャンスメーカー」
    でもある

    んですよねぇ。
    (ですから、僕は塾の先生として、
    僕の気がついたことは全部やる
    ように気をつけていました。)



    <修正>2019.03.06
    赤の小文字にしました


    実際に僕の気をつけていた行動について、

    生徒さんが受け取り、自分の力でにっこりと咀嚼して身につけられる最大量を渡す

    僕の気がついたことは全部やる

    と赤の小文字にしました。




    <追記>2019.03.07
    人生で代償を払うのは誰?


    心のない適当な教育をやって、
    自分の人生で代償を払うのは
    先生ではありません。

    生徒が
    自分の人生でその代償を支払わされる

    ことになります。

    自分も生徒になることは多々ありますが、
    他の人が生徒の側にいるときでも、
    僕にとっては
    ちょっと見過ごせない現実

    なんですよねぇ。




    <追記2>2019.03.07
    先生は「誰でも職につけるよ」的な
    保証はできない


    ただし、ですが。

    出来高勝負の能力、実力主義の職の場合、
    (汗をかく方向性ではない場合)
    先生は
    成長し生き残るチャンスを作る役割ですが、
    その人が
    「市場に認められる商品をリリースして、
    お金と交換できる働きをできる人」として
    価値があるかどうかは
    市場が決めること

    ですので、
    徒弟制度に見えても、
    先生が将来の職を保証することは
    原理的にできません。

    能力のない人にその分野を牽引させることは、
    その分野の破滅を意味するでしょう
    。)

    要するに、入学試験対策の先生が
    入試の合格を約束できず、
    最終的には生徒の頑張りによる
    のと同じです。
    (僕ができることはできる限りしますが、
    「よろしく頼むよ~。がんばれ~」と生徒に言うシステムです。)
    合格か不合格かの判断は、
    先方の学校の先生にお任せしないとなりませんから。


    自己努力が大事ですので、
    自分のやりたいことのある人は
    しっかり頑張ってくださいませw


    「しっかり頑張れない」のは「好きじゃない」
    ってこと

    ですから、
    道を変えた方が、
    自分にとって幸せではないか

    と思います。
    (「頭が良い」という自意識が邪魔して、
    自由に暮らせてなさそうな人もいるようなんですよねぇ。)




    <追記3>2019.03.07
    博士は解決のアイデアも出せないとダメよ


    研究者のその分野での一人前のライセンスとして
    (一人稼業ができるレベルじゃなかったでしたっけ?)
    「博士」がある気がしますが、
    他の人から肝心な部分のアイデア(解決策)を出してもらって
    博士論文を書いたんでは
    「落第」なはずですから、
    頑張ってください。
    (僕は一応、あるはずだと自分で思って探した定数項と減衰項を、
    式変形をガンガンやって見つけて、
    議論の核を作ってプレートテクトニクスに関しての運動学としての新たな解釈を見つけ、議論展開しましたんで。
    現在、さらに成長した自分として「ファニーステップ」をお届けできていると嬉しいです。)

    最低限、
    自分で解決案を出せなければ、
    研究職、特に大学教員は難しいのではないか
    と思ってるんですけれど。




    <修正>2019.03.07
    自分のやったことの解説を増やしました


    <追記3>で、

    僕は一応、あるはずだと自分で思って探した定数項と減衰項を、
    式変形をガンガンやって見つけて、
    議論の核を作ってプレートテクトニクスに関しての運動学としての新たな解釈を見つけ、議論展開しましたんで。

    と赤字の部分を増やしました。



    <追記4>2019.03.07
    一応僕のやった内容をご紹介


    修士としてお題はいただいたのですが、
    (自分としては、大学出てからは、議論の発端から自分で挑戦したかったんですよねぇ。)
    内容としては
    303.  プレートテクトニクスと運動学と力学と
    で紹介した、


    プレートが過去にどのように動いていたのかと言う情報は、
    運動学になります。

    つまり、運動の原因となる何らかの駆動力とはまだ結びついていません。

    「どうしてこのようにプレートが運動するのか」というプレート運動の仕組みに関する問題は、
    駆動力の表現である運動方程式の右辺とその結果である運動方程式の左辺とが
    =で結びついたときに解けたということになります。
    この式になったときに、力学になります。

    という
    「プレートテクトニクスを力学の一環として捉えるための一つの方法を提案した」
    ということです。

    地震の震源の理論が流体力学的に特解として扱える、というのは
    (流体力学で考えられる)
    修士でお世話になるときに、
    指導教官の先生から最初に出てきたアイデアでした。
    (審査してくださる先生達はご存じですので、
    ちゃんと僕の寄与を考えてくださって「博士」の学位をくださった
    と思っています。)

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    高久 真生(たかく まさお)

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