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573. どちらかというと、「雑多な」環境のほうがお勧めな気がする

  • カテゴリ:教育 (就学前の保護者向け)
  • 一つの才能を伸ばそうとして、
    一つのことだけを「やりがち」になってしまうことがあるようです。

    個別指導の塾の先生をやっていて思ったのですが、
    子どもは「お茶の間」で夕方のテレビがかかっていて、
    お母さんがご飯を作っているような
    がやがやした環境で、
    お勉強した方がいい気がするんです。

    塾の壁は真っ白ですよね。

    勉強しているから情報量が多いようで、
    実は情報量が少なくて、
    とりあえず筆記のテストはできるようになっても、
    対人関係に疎くなってしまったり、
    実際の仕事で必要な生活における地の力が弱くなってしまったり、
    世間知らずになってしまったり、
    子どもの世界しか知らなくなってしまったり、
    生きるために必要な知恵や頓智が身につかなくなってしまったり
    するんじゃないかと思うんですよ。

    人工的にデザインされて作られた街のようで、
    様々な人や生物植物によって、
    思い思いに勝手に作られたパーツによって勝手に構成される
    情報量の多い街と比べると
    やはり情報量が少ないんじゃないかと思うんです。

    ちょっと草むらがあるとか、
    空き地があるだけで、生物種が多様化すると思うんですよねぇ。
    当然、見え方も、においなども変わって多様化すると思います。

    人工的に作られた環境って、
    どうしても情報量が少なくなってしまう

    と思うんですよね。

    人間の脳は、どうやら一つの作業に特化するように訓練すると、
    その能力が強化されると同時に、
    その能力を発揮するために不必要な回路をそぎ落としてしまうことが多いようなんですよ。
    ですから、
    多様な発想に結びつきにくくなり、
    「頭が硬くなる」ということが起こるような気がする

    んです。

    歌の練習を家でするときはカラオケでやることが多いのですが、
    (CDのカップリングに付いているカラオケが多いです。)
    同時にパソコンで音無しの動画を見ながらやっていたりします。
    (音のない動画や一度見た映像なら大丈夫ですよね。)

    バイオリンの高嶋ちさ子さんのお話を引用させて頂くと、
    「小学生の頃に、
    足でコロコロコミックのページをめくりながら、
    バイオリンの練習をしていた」
    んだそうです。
    技術の練習をするだけでなく、
    心の滋養を注いでいる
    ことになりますよね。
    表現力の元になる発想力を育てるのに必要なはずです。)

    子どもの時代も大人になってからも、
    人生を賭けて修行を真面目にやろうとすると
    時間がないものなのではないか

    と思いますが、
    同じ時間を2重以上に使うことが大事
    なんじゃないかと思います。

    ですから、
    人工的でない雑多な環境にいるようにするのって
    大事だ

    と思うんです。

    集中するときは集中して良いんですが、
    ほっとしたときに
    何かが目に飛び込んでくる、耳に入ってくるだけで
    頭に残る情報の量、バリエーションが全然違う

    と思うんですよね。

    似た感じの言葉に、
    「田舎の勉強より、京の昼寝」
    というのがあるんですよね。
    「京都で昼寝をしていると様々な人からの情報が入ってくるので、
    自分一人で本を読んで勉強するよりもいい」
    という意味の言葉ですが。
    (本を読んで、がっつり勉強するのも大事です。)

    この言葉に一言付け加えたいのです。
    自分一人で勉強すると「大きな穴(しかも、根本的で単純で初歩的な)」ができてしまうことがあるので、
    「人と情報交換して確認する」というのが大事なバックアップシステムになるようなんですよ。
    なので、
    大学で勉強することの良いこと(勉強する際に気をつけること)という「お勧め」もあって、
    僕の「文章術」の「長い文章ってどう書くの?
    (同じ文章を冗長でない書き方にしたものが「特に入試の小論文で気を付けること」に載ってます。)

    僕が過去に模範解答として作った小論文
    (僕のお勧めということですが。)
    を載せたんですよね。

    とにかく
    情報の多様な、雑多な場所にいたが
    いいんじゃないか

    と思うんですよね。



    <追記>2018.12.12
    大人の介入


    子ども時代って、
    大人が介入して知恵を出したりすると、
    とりあえず結果が出たりするんですよね。
    世界一かはわかりませんが、
    周囲の自分だけで挑戦している子に比べると
    良かったりするんですよね。
    (ローカルな勝利の場合が多いですよね。)

    自分(だけ)で挑戦している子は、
    自分で色々考えているかもしれませんので、
    大きくなって土台が強いことがあります。

    大人の介入がある場合は、
    自分で考えない場合があると、
    あまりよろしくないことがあるようです。

    なんで、
    大人になってからも一番になれるように
    目先の結果だけでなく、
    人生のスパンで長い目で見て
    土台から育ててあげて欲しいなあ
    と思うことがあります。



    <追記2>2020.10.15
    自分と向き合える環境も


    自分と向き合える環境も
    どこかにあると
    いいですよねw

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