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542. 誰でも初めはビギナー

  • カテゴリ:遊び方
  • どうも、周りを見わたすと、
    いまいち自分の取り柄がないのかしら、
    というか、
    自分自身に自信の持てるような技能がないのか、
    という感じで、
    「嫉妬している」人っているみたいなんですよ。

    「自分が何も持っていない」と
    感じるのであれば、
    今からでも遅くありませんから、
    何かしら始めて見ると
    よろしいんではないか

    と思うんですよね。

    どうも、楽しむことが得意でない方や、
    遊ぶのがあまり上手でない「遊び下手」の方も
    いらっしゃるようなのですが、
    (「遊び下手」は、とにもかくにも、いけませんね。)
    遊ぶことに関しても、
    誰でもできるかというとそうではないようなので、
    「いまいちだな」と思う人は、
    すぐに遊び始めたり、楽しんだりするとよろしそう

    に思います。
    とにもかくにも、「楽しんだ者勝ち」だ
    と思うんですよね。

    最初はビギナーかもしれませんが、
    だんだん遊ぶことが上手になってくると思います。
    すぐにできることを目指すのではなく、
    気長に自分を待ってみてあげてください。

    (どんな修行をするときもですが。)

    人生長いですから、
    初めてやることをすぐにできること自体に
    そんなに価値があるわけではない
    と思うんですよね。
    今までの別の種目での積み重ねがあって、
    初めてやることでも容易にできる人はいますが、
    積み重ねの歴史があってのことですよね。

    また、何かしらの原因があって楽しめない方もいらっしゃると思いますので、
    落ち着いて、
    病院に行くなどして、しかるべき対策を取ったり、
    心理的原因を取り除いたり、
    少し考え方を変えてみたりしてみるというのも
    一助になるかと思います。
    誰でも、楽しんでいいはずですから。

    また、
    文章術」の
    書かれている内容が面白い。読む人のためになる。ってどういうこと?」でも
    遠足という場を通じての遊びのハイパー化をお勧めをしていますので、
    ご確認ください。

    まあ、セックス、恋愛、結婚なども、できると言っても、
    おそらく確実に「へたくそ」な人もいるでしょうから、
    (いわゆる、「気持ちよくさせるだけの技術」とかそういうのではなくて)
    よく考えた方がいいことの1つではないかと思います。
    (僕が上手とか下手とか、そういう話ではありません。
    「できる」からといって、「全ての人が上手とは限らない」ということです。)

    何もしないでいると、
    「悔しがるだけが一人前」
    とか
    「僻む、嫉妬するのだけが一人前」
    という人になってしまいますから、
    今すぐに自分に自信が持てるように
    対策を取る方が
    健全で建設的だ

    と思います。
    「今」がこれからの人生で一番早いですから。

    僕もビギナーな種目はたくさんありますので、
    のんびり楽しみたいと思います。

    こんな扇子を作ったんですよね、去年。



    「どんなに積み上がりつつあっても、
    いつも「0」からのつもりで」
    という意味です。

    あ、やっぱり、「人に迷惑をかけて気分の良い人」だと、
    自分の好きなことをすると、
    人に迷惑がかかりやすいでしょうから、
    よく考えて気をつけた方が良いと思います。




    <追記>2018.10.03
    「仕事をしてはいけない」とは言っていない


    この記事では、
    「仕事をしないで、遊びましょう」
    ということを書いたのではなくて、
    「遊ぶ時に、
    心からちゃんと遊べていないのは
    いかがなものか」

    という観点から書いてみました。

    仕事も遊びとして楽しめる
    という事も多々あると思いますし、
    自分の生活の糧をしっかりと稼ぐ(合法的に)というのは大事です。

    その上で、
    「自分の楽しみの行為」としての「遊び」をきちんとできたらいい
    と思うんです。

    僕たちは、
    1日のうち、24時間を自分で好きに様々な行動に配分できるのですが、
    「仕事が自分の楽しみの行為」であれば、
    「仕事が遊び」となりますし、
    「自分の自由意志の発現の機会である」

    と思います。

    自分の生活の糧を得る時間以外の時間は
    生きるために必要なことをしなくてよい
    余剰の時間ですから、
    是非
    「自分の自由意志の発現の機会」として
    自由に存分に遊ぶのがいいのではないか

    と思うんです。

    僕も、
    「ハイパー遊び」の方向性で、
    これからも究めて行けたらいいなあ
    と思っています。




    <追記2>2018.10.03
    「よく遊べる」一条件


    どうやったら、よく遊べるのか
    というので、
    「心を使って、マジで遊ぶ」というのもありますが、
    (とても大事です。)
    もう一つ、
    僕の心の中にある仮説
    がありまして、

    「体でも頭でも、
    自分をよりよく使えると
    よりよく楽しめて
    より沢山遊べる」
    のではないか

    と思うんです。

    「心を使って、マジで遊ぶ」のにも関わりがあります
    が、
    「時間密度を上げる」のが大事
    で、
    「自分をよりよく使えると、さらに時間密度、満足度が上がる」
    のではないか
    と思います。

    根本の根」の
    なんで勉強するの? その5 ~よりよく遊んで遊び尽くす~

    336. 「守・破・離」の前に

    328. 副業禁止について
    (の特に追記)
    でもお勧めしている通り
    「できるようになった方が、より遊べる」
    と思うんです。

    また、
    「修行の楽しさもあるよ」
    と思います。

    と言いつつ、
    のんびりするのも、楽しい
    ですけれど。




    <修正> in <追記2>2018.10.03
    「体でも頭でも」をつけました。


    <追記2>で、

    「体でも頭でも」をつけて、

    「体でも頭でも、
    自分をよりよく使えると
    よりよく楽しめて
    より沢山遊べる」
    のではないか


    としました。




    <追記3>2018.10.03
    「自分の自由意志の発現の機会である」ということは


    <追記>で
    「遊びは
    自分の自由意志の発現の機会である」
    というように書いたのですが、

    自分が遊びたいから遊んでいるのであって、
    遊びは、
    誰か雇用主によってお願いされた、
    雇用主の意志を反映するような行動ではない

    はずです。

    例えば、「遊んでいる」ようすがハイパーだからといって、
    「誰かからお金もらっているのよ」と考えるのは
    そういう発想をしてしまう人がちょっと気の毒な気がします。
    「遊び」は「お金をくれる誰かの意志を反映する行動」ではないからです。
    (そういう、何でもお金に換算するしかできないのは、
    「安っぽいありきたりな」発想ではないかと思います。)

    「遊び」というのは、
    自分が自分の行動の命令主、依頼主です

    から、
    「遊び下手」というのは、
    自分の自由な行動ができない最たる現象

    と言えるのではないかと思うのです。
    つまり、
    「遊べない」のは
    「自分の希望する望み、自由意志が乏しい」ことの表れ

    となっちゃうんじゃないかと思います。

    100%自分の意志で行動できる機会に
    ちゃんと自分の意志に従って心から遊べる(行動できる)
    というのが
    自由民である幸せの一つじゃないか

    と思うんですよねぇ。

    ちゃんと心からその機会があることを楽しんで
    心から享受するほうが
    幸せな満足感により近づくのではないか

    と思うんです。

    「よく遊べる」って
    幸せに生きていくのに
    とても大事なことだ

    と思うんです。




    <追記4>2018.10.03
    「自分の自由意志の発現」の大切さ


    <追記3>で
    「遊び」というのは、
    自分が自分の行動の命令主、依頼主です


    と書いたように、

    他の人を使ったからと言って、
    自分の心を使って、遊べたことにはなりません

    ので。
    「自分の意志で自分を使う」
    つまり、
    「自分の意志、発想で、自分の頭、心、体、時間を使う」のが
    「自由意志に基づく自由な行動」で
    「遊び」と言う

    と思います。
    遊びの行動様式には無限の可能性があるだろう
    と思います。

    また、
    「パクって自分が作ったことにする」という行動も
    自分の頭に端を発していない、
    誰かの「丸コピー」つまり、「丸暗記」のなぞる行動ですから、
    全く自分の自由意志に従っていない
    気の毒な行動だと思います。

    明日のご飯がない、稼げないから、
    (自意識が自分の実態よりも高すぎるんですかね?)
    「パクって」その場しのぎをするんでしょうけれど、
    1度やると
    自分のクオリティでは足りない状況が始まって、
    その後永遠に生涯に渡って続くでしょうから、
    自分クオリティちょうどの対価をもらうほうが
    安全だと思います。
    (金銭的には少ない方がより安全だと思います。)

    何にしても、他人を演じていることになって
    自分の人生を生きれませんから、
    気の毒でしょうね。

    細かいことはともかく、
    (大事ですが)
    自分の心、頭、体の主として、
    自分の心にあった行動、
    自分の心の満足する行動ができているか

    つまり、
    自分のやりたいことができているか
    が大事だ

    と思うんです。




    <追記5>2018.10.03
    「誰かに
    自分の行動の内容を
    考えてもらう」って
    どういうこと?


    自分は
    自分自身の心、頭、体の主なんです

    よね。

    他の人に
    自分の行動を考えてもらう、
    自分の考え方を考えてもらう

    (「自分の」が付くと、非常に違和感を感じるようになりますね。)
    というのは、
    自分の体の動きを考えてもらって、他人の意志の通り自分の体を動かす、
    自分の頭の動きを考えてもらって、他人の意志の通り自分の意志を動かす
    (頭の中で、言われた文字をなぞるだけでしょうけれど)
    ということで、
    自分自身の心、頭、体の支配権を他人に明け渡す
    ことになると思います。

    これは、
    自分の命、未来、財産を他人に明け渡すことにも
    つながります
    ので、
    どなたにも、全くお勧めできない生き方ではないか
    と思うんですよね。

    自分の行動の責任を取らない代わりに、
    自分の全て(命、体、財産)を他人に明け渡す
    という
    非常に人として危険な生き方になる
    と思います。

    自分の全て(命、体、財産)を他人に明け渡してもらえば、
    犯罪者はいかようにでも、
    相手を支配し、傷つけ、搾取することができますから、
    自分の目で見て考えて、
    自分の物は自分の物として守ることが大事だ

    と思うんです。
    但し、
    優先順位はある
    と思います。
    命が一番最優先
    だと思います。

    心は自由
    です。
    まず、きちんと自分の心を感じるようにしたら
    良いのではないか

    と思います。

    自分の心は
    必ず自分の「思い」の中にあるはずですから、
    そこ(心)の中に、
    必ず自分自身がいるはず

    だと思うのです。

    但し、
    「自分の「思い」の中にあるはず」だと、
    他の人に強制された考えや洗脳された考えも
    脳の活動として入ってしまいそうですので、
    自分自身の考えかどうか区別が付かない人には
    「自分自身に端を発する思い」かどうかがわからないかもしれませんので、
    よくよく
    心の中の自分の声を聞いて
    自分を探した方が良い

    かと思います。

    <もう一言>
    「自分の思い」の中に
    自分がいるような気もするんですが、
    より確実な言い方にしてみると、

    自分の「頭の中」、「体の中」にあると言いたくて、

    自分の心は
    必ず自分の中、

    つまり、
    自分の「頭」の中であったり、
    自分の「体」の中にあるはず

    ですから、
    そこ(心)の中に、
    必ず自分自身がいるはず

    だと思うんです。



    <追記6>2018.10.03
    「文章術」の宣伝


    うち(ファニーステップ提案、つまり僕ですが)の
    文章術
    自分や相手、お子さんの本心を「よくよく聞く」のに
    使えるのではないか

    と思うんですよね~(^ ^)。

    「何でそう思うのか、どう感じるのか」

    質問を通じて、
    「本人自身の心から発する言葉かどうか」
    を確認
    しながら、
    きっちり聞いて、
    付け加えたり、書き直してもらったりしながら

    自分添削をお勧めしていますので)
    本人の好きなように表現させてあげれば良い
    と思うんで、
    僕としてはお勧めしたい
    んですよ。

    基本的に思ったことは
    何を書いても良い

    ですし、
    (思想の自由の権利もありますし。)
    お友達同士みんなお互いのことがよりわかる方が
    より仲良くできると思うし、
    オリジナリティあふれている方が
    人気者になれるのではないか
    と思います。

    文字の形にせよ、何の形にせよ
    自分をちゃんと表現できれば、
    自分の心が自分でわかる

    と思いますし、
    自分の心がわかる
    って大事だ

    と思います。

    大人になったからって、
    必ずしもわかっているとは限りません
    し、
    いつでも折に触れて
    自分の心を確かめるのは大事だ

    と思います。

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    高久 真生(たかく まさお)

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