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508. 現実に適応したい

  • カテゴリ:大事なつもりなんだけど、読んでみて (中高生向け)
  • どうも不思議な人がいるようなので、
    記事にしてみます。

    僕たちは生物ですんで、
    生物の進化学的な「適者生存」から逃れられない
    ようなんですよ。

    人間も、その他の動物も
    脳内にある「この世がどうなっているか」という情報に
    従って行動しているじゃないですか。

    なんで、
    脳内の情報と現実とが食い違っていると
    現実にそぐわない行動をしちゃう

    んですよね。
    そういうことをすると、
    生き残りに不利になっちゃうじゃないですか。

    なんで、
    「こうなっていたらいいなぁ」ということを
    まるで現実にあるかのように信じてみても無駄で、
    きちんと現実を知ろうとした方が良いと思うんです。

    自分にとって望ましい現実であれ、
    受け入れがたいような現実であれ、
    現状については、
    たとえ、どんなに辛くても、
    「はい、そうですか」と言うしかない

    (適者生存の考えに従うと、なおさら)
    と思うんですよね。
    「はい、そうですか」と受け入れるのが、現実に従った行動だと思いますので。)
    その上で建設的な対応策を取るのがいい
    と思うんです。
    人やその他の生物については、生きていないと、
    「建設的な対応策」の取りようがないんで、困る
    んです。)

    他人についても
    「こうなっていたらいいな」という人物像が
    あたかも現実の相手の姿であるかのように
    信じようとする人がいるようですが、
    自分以外の他人「も」その人の都合で生きていますから、
    相手次第のことに
    そういう自分勝手な希望を抱いても
    意味がない
    と思うんですよねぇ。

    相手の人に関することは
    相手の人に完全に決定権がある
    ので、
    「あの人は○○じゃないと困る」とか言っているのは、
    相手に現実実現の可否を預けている

    ことになっています。

    「困る」とまで言っているのは、
    自分の命まで相手に預けちゃうようなことになってしまっているように見えちゃいます。
    いいんですかね?

    他人の現状はなおさら、
    「はい、そうですか」と言うしかない

    んですよねぇ。
    (自分以外の意志の存在を楽しめないんですかね?)



    <追記>2018.08.19
    説教と現実


    関連事項なんで、追記にしますが、
    お説教ってありますよね。

    「説教する、叱る」という行為は、
    「現実による淘汰に変わって、
    現実を知らせ、その人の生存に良くない行動であることを教える」

    ということですので、

    僕は
    基本的に説教は
    「やっていいこと、わるいこと」を小さな試しで覚えている最中の子供にしかしません。
    (大人でも1回は「行動の更正」のチャンスを渡す方が良いのかもしれませんが、
    大抵は既に1度はお説教をもらって解放されているはずだと思うんですよね。)

    代わりに
    僕に出来ることは、
    「警告を出す」ことと同時に、
    「お勧め(僕の提案できる、良い選択肢)を提示する」ことだけ

    だと思っています。

    実際にやらかしてしまうと、
    現実的に他の人から排除されてしまったり、
    自分の望みの環境を失ってしまったりする、
    または、手に入れそびれてしまったりする

    という
    現実が存在している

    と思っていますから、
    特に大人に対して説教をするということ自体に
    意味を感じていません。

    説教をして、
    説教をした相手の気持ちや行動が変わらないのに、
    「良いこと言ったぜ~。ぷふ~」的な自己満足をしても仕方ありませんし。
    説教されたら、
    「今回は見逃すぜ」という
    「とりあえず解放される」フラグが立つ事が多いでしょうから、
    説教するより、
    現実の荒波を実際にその身で経験していただく方が
    言葉だけよりもより身にしみて、
    どういうことなのか、
    よくわかっていただけるのではないか

    と思います。

    なので、
    起こりうる現実を提示して、
    よく考えていただきたい
    と思うんですよね。

    「自分の言うことを聞かないから」と言って
    怒鳴ったり、怒ったりしても、
    それは単なる私怨を晴らしているだけですから、
    やるのはいかがな行動かと思います。

    理のない内容を、声高に言うだけの行動は
    単に他の人を自分の望みの方向に煽っているだけ

    ですしねぇ。

    説教するより、現実にお任せすればいい
    と思っているんですよね。
    自分自身が現実を代表するという態度を取る気は全くありません。

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    高久 真生(たかく まさお)

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