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492. 大学行ったら、卒論はやろう

  • カテゴリ:大事なつもりなんだけど、読んでみて (中高生向け)
  • 大学に折角行ったなら、
    きちんと卒業論文をやるべきだと思うんですよ。

    自分の手で一次資料を調べて、
    引用を明示しながら、
    持論を展開し、
    新たな知見を導く。
    そして、正しいかの客観的な評価を頂く。


    これをやって初めて、
    それまで大学受験をし、大学の座学を経ている間
    ずっと
    受け身のLearning Student(学習者)
    だった自分から、
    情報発信者としての正当な手続きの素養を身につけ、
    人類に新たな知見をもたらす者になるための訓練がされる

    んですよね。

    これをやらないで、
    大学を中退するのは、
    大学教育を終わらせていないことになっちゃいますんで。

    他の人の準備してくれた知識などを一方的に受け身で勉強するだけの姿勢から脱皮して、
    その内容の精度、確からしさを理解する一助になるはず

    です。

    卒論やらなくても、
    卒業できるカリキュラムであったとしても、
    自分から進んで、きっちりやったほうがいいですよ。

    さっさと中途半端に教育を切り上げてしまうより、
    自分をきちんと育てることを大事にした方が良い
    と思います。
    自分を育てないで、他人を育てることは出来ない
    と思いますし。
    (育ちきってない大人というのが、教育者として非常に困るんですよ。
    育ったところまでしか、他人を育てられませんから。)

    僕個人の意見としては、
    卒論が終わってから、就職活動、採用をして欲しいと思う
    んですよ。
    でないと、
    誰かが準備した知識、知見などの学習者としての能力のみで採用することになり、
    本人の専門や
    新たな情報を開発、発信する者としての能力を見ていないことになりますんで。

    準備する側の人間になれるならなったほうがいいと思うんです。
    そのための大学教育だと思うのですが。
    (どんなにレベルの高い大学でも、大学受験の一般入試では測れない能力だと思います。)

    <追記>2018.07.27
    大学へ行かなくても


    大学へ行かなくても
    会社で学んだりして、
    何らかの形で、
    ちゃんと修行できていれば、
    大丈夫だと思います。

    きちんと手法を学ぶことは
    大事だと思いますし、
    その機会があるのならば、
    積極的に利用する方が良いと思います。



    <追記2>2018.07.27
    育ちきってからにした方が良い気がするもう一つの理由


    359. 人を育てない人」でも書いたのですが、
    基本的に育てた方がみんなニコニコ顔だと思うんですよ。

    「自分に対して」という場合を考えると
    途中で必要な学習を自分の意志で辞めて稼ぐことにしてしまうと
    致し方ない事情があるかもしれませんが、
    現実的には自分のお金化(自分のマネタイズ)になりますので、
    「自分のことを刈り取っちゃった」
    ということになってしまうのも
    非常に切ないですから、
    事情が許すのであれば、
    きちんと自分のことを大事に最大限育てる方向性がいい

    と思います。

    何かの理由で途中で辞めてしまっても、
    戻って勉強できる機会はあると思いますし、
    別の場所でも学べるとも思います。

    とにもかくにも、
    人生計画的に悔いなく育つ方向に進むのがいい
    と思うんですよね。



    <修正>2018.07.27
    <追記1>の最後の句点が2個だったのを1つに修正しました。

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