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336. 「守・破・離」の前に

  • カテゴリ:修行
  • (注)以下の文につきまして、
    僕はまだ、修行の途中ですので、
    「そんな気がしている」ぐらいの感じでお読みください。

    327. 「○○の申し子」という言い方について
    「守・破・離」という考え方があるということを書いたのですが、
    英語版では、一応の解釈を書いてあります。)
    その前にやっておいた方が良いことがあるようなんです。

    「守・破・離」という考え方についての僕の解釈を先に書いておくと、
    「守」というのは「基本を先生から学び、先生の教えを正しい物としてその型どおりに学んで、実行する」という段階で、
    「破」というのは「(学習者自身の工夫や試しを加えることなどで)先生の教えや伝統的なやり方を打ち破る」段階、
    「離」というのは「伝統的な流れから離れ、本人独自の道を行く」(そのようにしても、きちんと商品価値がある)段階
    ではないかと思うんです。

    ここで、気になるのは、
    最初の段階である「守」で「先生の教えの型どおりに学んで、実行する」というところです。
    基本の型を学ぶのは大切ですが、
    最初から「マネ」で入る事に問題があるのではないかと思うんです。
    考えるためにはその材料が必要ですが、
    「マネ」しか頭と体と心にない人は、
    それ以外の方法を思いつかないがために、
    「それしかない」、「それしか考えられない」と言って、
    先生や他の人のコピーをする
    ことになります。

    これでは自由に歌えません。
    (歌だけの話ではなく、自己表現全て、何かしらの方法で自分の心を歌うことだと思います。)

    まず、教えを受け、マネをし、一つの方法を学ぶ前に、
    自分なりにトライしてみる事が大事ではないかと思うんです。
    そうすると、自分なりに体を動かし結果を知るという経験を積むことができます。
    これは先生の教えの外にある物です。
    そのような経験があることで、無意識のうちに先生の教えを相対化して
    身につけることが出来るようになるかもしれません。
    どういう意味のある教えかわかって身につけられるチャンスが増えるということです。)
    また、できないことがでてきて、そのことをはっきりと自覚するでしょうから、
    技術習得の強い動機が生まれてくるかもしれません。
    自分から求めないと深く身につくことは難しいと考えられますので、
    「やりたい」、「知りたい」、「できるようになりたい」という学習者本人の欲求が大切になります。

    「マネ」するだけではつまらないものです。
    自分じゃないんで、自己表現になりませんし。

    なので、
    自分なりのトライをする習慣を最初からつけた上で、
    先生に教えを請うのが良いのではないでしょうか?

    (つまり、これが「守」の前の段階と考えられるのではないかと僕の考えている物です。)
    とりあえず、自分なりにやってみることで、
    それが好きかどうか、心にあっているかなど
    自分の気持ちがわかる

    と思いますし、
    わかってからのほうが
    「やりたい」、「知りたい」、「できるようになりたい」という欲求は
    絶対に高い

    はずです。

    <追記>2017.09.23
    遊びって大事


    自分なりの工夫やトライって、
    要するに
    「(生命維持に)必要のない行動」である「遊び」ができるか
    じゃないかと思うんですよね。
    「遊べるかどうか」
    だと思うんです。

    また、インプットのないアウトプットは無理だと思うので、
    インプットをしっかりした方が良いと思うんです。
    「ないところから、ひねり出せと言われてもねぇ。出ないものは出ないよ~」
    と答えるしかないと思うんですよ。

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    高久 真生(たかく まさお)

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