FC2ブログ

記事一覧

313. 人の区別と殺人

  • カテゴリ:人の区別
  • <改訂後>2017.10.19

    人ってお互い全く同じ人ってこの世に2人といないですよね。
    一卵性の双子の赤ちゃんだって、
    2人の右側から世界を見ているか、左側から世界を見ているかで
    違いができるかもしれませんし、
    そもそも生まれてくる順番違いますしねぇ、
    大人になるまでや、大人になってからの
    経験が異なるので、
    大人になると、
    区別しやすくなってくるぐらい違ってきますよね。

    人にはそれぞれ、
    命があって、心があって、
    同じように痛いとか悲しいとか嬉しいとかの感情があり、
    毎日の生活があって、未来があって、過去があって、今があって、
    大事な周囲の人がいて、
    楽しい生活をしている(はず)なわけで、
    基本的に、
    男だからとか、女だからとか
    ○○人だからとか
    人種が○○だからとか
    ○○族の人だからとか言う理由で、
    人を自分よりも劣っているとか嫌いだとかは言えないんですよ。
    (僕の個人的な考えからすると、
    どの民族にも、犯罪者っているじゃないですか。
    だから、優劣なさそうなんですよ。
    脳力でどの人種が最も高いとか科学的に聞いたことないし。)

    お互い様々なジャンルの得意自慢ってあるわけだし、
    人もそれぞれ愛嬌のあるところもあるじゃないですか。(たいていは)

    ・・・とは一応は思っているんですよ。
    「一応は」というのは、ほら、僕、
    人にはもう一つ他の区別する要素があるんじゃないかと思っているからなんですよね。
    実際、2種類人が存在するんじゃないかと強く疑っている人なんで。
    (つまり、「人に迷惑をかけると気分が悪い人」と「人に迷惑をかけて気分のいい人」です。
    詳細は、220. 人の区別という記事です。
    僕のこれらの2つのかごは
    その人が男であるか、女であるか、
    どんな民族の人か、
    どんな人種のひとか、
    どんな部族の人かや、
    何らかのその他の方法で分けられたグループに所属しているかは
    全く問題にしていません。
    ご承知おきくださいまし。)

    あ、最後まで読んでくださいね。
    2つの分類かごに関する僕の「心」が書かれていますので。

    で、
    戦争などやその他の機会において、
    人を攻撃したり、残虐な行為をしている人って、
    相手を「人間じゃない」ものとして扱って、
    「人間じゃないんだからいいんじゃね?」的に
    (全くあり得ない理由ですが。)
    平気でいるようですが、
    (自分らの残虐な行為を後悔しているようには全く見えないんですよね。)
    彼らは自己中心的にその人達を「自分と区別」しており、
    そのため、自分らの行為は容認されると思っているようなんですよ。
    (僕は全くそのようには思っていませんし、彼らの言葉はありえないものです。)
    彼らは、根拠のない何らかの理由により、
    「人ではない」と自己中心的に決めつけた人たちを
    自分たちと区別しているよなんです。
    (しかし、僕は真実は、僕たちがそれまで考えていたことと逆じゃないかと思っているんです。
    つまり、
    人を殺したいという欲求を満たすための口実として、
    「人間じゃない」という理由を使っているんじゃないかと疑いたくなる
    のですが。
    特に、彼らの根拠のない理由があるために、
    僕は疑いたくなる
    のです。
    注意事項です!!!僕は絶対にそのような行動や言い訳に対して反対です。
    ご承知おきください。

    (今日のNHKスペシャル
    「731部隊の真実
    ~エリート医学者と人体実験~」

    に出てくる731部隊の将校クラスの人はなんなんでしょうね?
    戻ってきて普通に大学の先生をやってられるなんて。
    人間を人間扱いしない人が医者でいられるなんてありえないと思います。)

    なので、他人を「自分と違う人間である」と区別するというのは
    本来非常に恐いことなんだと思うんですよ。
    戦争、大量虐殺、虐殺的殺人などの歴史的事実(人のやってきたことの事実です。)や犯罪が
    証明しています。

    で、僕は上で書いたように、
    220. 人の区別という記事で、
    全人類を2種類の人にわけられる分類というものを紹介したんです。
    「人に迷惑をかけて、気分の悪い人」
    「人に迷惑をかけて、気分のいい人」ですね。
    (知能的に能力が高いか、低いか、何かしらの障がいを持っているかどうかというのは、全く関係ありません。)
    で、222. 「人の心に悪魔が棲む」と言う表現という考えに発展しているのですが。
    (人に迷惑をかけた人が更正するのか、
    やっぱり、人に迷惑をかけるのが快のために、その行動が修正されないのかということです。)

    殺人や大量虐殺に繋がってしまうような分類だったら、
    気がついたとしても公表するのは非常に危険です。
    しかし、「気分がいいか」、「気分が悪いか」というのは
    本人しか知りようのない事実で、
    他人が決めつけることが出来ません。
    どっちの集合の人間か、
    本人以外知らないし、
    本人以外の人についてはわからないので、
    こういう人が存在するかもしれないという
    示唆にとどまるはずだったんです。
    「はず」と書いているのは僕が失敗していると言うことではなく、
    原理的にはとどまっているんですよ。
    そして、僕は悪い人が存在する可能性があるということのみを指摘したかっただけで、
    僕の2つの分類かごは実際の効力のある使用はできず、心の中でしか使えないものなのです。
    (僕は他の人に迷惑をかけると気分が悪い方の人間なんで、違う集合の人の気持ちはわかりません。)

    しかし、
    306. 花見と敷物で想像したように
    やっぱり「人に迷惑をかける人とは一緒にいられないよね」と思うんですよ。
    なのに、
    302. 関係ないよねで指摘したとおり、
    追加情報(明確ですよね。しかも、相手の気持ちという健康的な対人関係構築のための大事な情報です。)があっても、
    どうも自分の間違えている行動を変更したがらないという行動を明確にする人がいたりするんですよ。

    中には、「自分が迷惑をかける側の人間であるとわかっているよ」ということを表す発言をする人もいますしねぇ。
    そういうことを言う人達が自分たちの言葉の本当に意味するところをわかっているのか、僕には不明です。
    (いやあ、こういうことを言う人って
    社会の中で自分たちの安定した生活を脅かすような恐いことを自分からしていると思うんですよね。)
    まあ、仲良くしたくないからそういうことを言うんだろうと、強く思っちゃいますけれども。

    こちらとしては、
    迷惑をかけたがる人の「仲良くしたくない」という意志に合わせて、対応すればいいんで、
    特に問題はなくいいんですけれども。
    (「」内は僕の言葉ではありませんが、僕のほうも同じ事を言いたいです。)
    そして、僕はそういう人達から迷惑ごとをふっかけられたくもありません。
    ただ単に、そういう人には出て行ってもらえば、いいだけなんですよね。
    人道的な対応で、追い出せるならめでたいんですよ、正直。
    なぜなら、
    他の人と仲良くしたい人の誰も加害者になりませんから。
    僕としては、
    「自己防衛に使っていただけるとありがたいかな」と思って、
    公表したんです。
    (人に迷惑をかけたいがために、平和的に他の人と一緒にいられない人はどうするんですかね?
    どうもよく現実社会が十分にわかっていないんじゃないかと思うこともあるんですが。
    そう思う理由は、
    実際には、彼ら自身の悪い行動によって、
    例えば、他の人からの信用を失ったりして、
    彼らは僕たちの社会の中で不利な立場になるだろうと思うからなんですが。
    例え、その人の行く末を案じても、本人の選んでいることですから、僕はあまり気にしないと思います。
    僕は本人の自主性や本人の意志をとても重んじますし、
    人の心を変えるというのはしないし、「できない」と思いますから。

    そして、僕としてはそういう人は絶対に雇えませんし、友達にもいりません。)

    --------
    English Edition of this page

    2017.09.01
    英語化に際して、誤解を招くのを防ぐために、
    大幅に追記しました。
    日本語版にも近いうちに反映される予定です。

    2017.10.19
    反映しました。
    下に、改訂前を載せておきます。


    <改訂前>
    人ってお互い全く同じ人っていないですよね。
    一卵性の双子の赤ちゃんだって、
    2人の右側から世界を見ているか、左側から世界を見ているかで
    違いができるかもしれませんし、
    そもそも生まれてくる順番違いますしねぇ、
    大人になると経験が異なるので、
    区別しやすくなってくるぐらい違ってきますよね。

    人にはそれぞれ、
    命があって、心があって、
    同じように痛いとか悲しいとか嬉しいとかの感情があり、
    生活があって、未来があって、過去があって、今があって、
    大事な周囲の人がいて、
    楽しい生活をしている(はず)なわけで、
    基本的に、
    男だからとか、女だからとか
    ○○人だからとか
    人種が○○だからとか
    ○○族の人だからとか言う理由で、
    人を自分よりも劣っているとか嫌いだとかは言えないんですよ。
    (どの民族にも、犯罪者っているじゃないですか。だから、優劣なさそうなんですよ。脳力で違うとか聞かないし。)

    お互い様々なジャンルの得意自慢ってあるわけだし、
    人もそれぞれ愛嬌のあるところもあるじゃないですか。(たいていは)

    ・・・とは一応は思っているんですよ。
    「一応は」というのは、ほら、僕、2種類人が存在するんじゃないかと疑っている人なんで。
    220. 人の区別という記事です。
    (あ、最後まで読んでくださいね。その心が書かれていますので。)

    で、
    戦争などで人を攻撃したり、残虐な行為をしている人って、
    相手を「人間じゃない」ものとして扱って、
    「人間じゃないんだからいいんじゃね?」的に
    (全くあり得ない理由ですが。)
    残虐な行為をして平気でいるようなんですね。
    何かしらの原因で、「自分と区別」しているようなんですよ。
    (実は逆で、
    人を殺すための口実として、
    「人間じゃない」という理由を使っているんじゃないかと疑いたくなる
    のですが。)
    (今日のNHKスペシャル
    「731部隊の真実
    ~エリート医学者と人体実験~」

    に出てくる731部隊の将校クラスの人はなんなんでしょうね?
    戻ってきて普通に大学の先生をやってられるなんて。
    人間を人間扱いしない人が医者でいられるなんてありえないと思います。)


    なので、他人を「自分と違う人間である」と区別するというのは
    本来非常に恐いことなんだと思うんですよ。
    戦争、大量虐殺、虐殺的殺人などの歴史的事実(人のやってきたことの事実です。)や犯罪が
    証明しています。

    で、僕は上で書いたように、
    220. 人の区別という記事で、
    全人類を2種類の人にわけられる分類というものを紹介したんです。
    「人に迷惑をかけて、気分の悪い人」
    「人に迷惑をかけて、気分のいい人」ですね。
    (知能的に能力が高いか、低いか、何かしらの障がいを持っているかどうかというのは、全く関係ありません。)
    で、222. 「人の心に悪魔が棲む」と言う表現という考えに発展しているのですが。
    (人に迷惑をかけた人が更正するのか、
    やっぱり、人に迷惑をかけるのが快のために、その行動が修正されないのかということです。)

    殺人や大量虐殺に繋がってしまうような分類だったら、
    気がついたとしても公表するのは非常に危険です。
    しかし、「気分がいいか」、「気分が悪いか」というのは
    本人しか知りようのない事実で、
    他人が決めつけることが出来ません。
    どっちの集合の人間か、
    本人以外知らないし、
    本人以外の人についてはわからないので、
    こういう人が存在するかもしれないという示唆にとどまる
    はずだったんです。
    「はず」と書いているのは失敗していると言うことではなく、
    原理的にはとどまっているんですよ。
    (僕は他の人に迷惑をかけると気分が悪い方の人間なんで、違う集合の人の気持ちはわかりません。)

    しかし、
    306. 花見と敷物で想像したように
    やっぱり「人に迷惑をかける人とは一緒にいられないよね」と思うんですよ。
    なのに、
    302. 関係ないよねで指摘したとおり、
    追加情報(明確ですよね。しかも、相手の気持ちという対人関係における大事な情報です。)があっても、
    どうも行動を変更したがらないという行動を明確にする人がいたりするんですよ。

    中には、「自分が迷惑をかける側の人間であるとわかっているよ」ということを表す発言をする人もいますしで、
    いいんですかね?
    (いやあ、こういうことを言う人って恐いことを自分からしていると思うんですよね。)
    まあ、仲良くしたくないからそういうことを言うんでしょうけれど。

    こちらとしては、
    迷惑をかけたがる人の「仲良くしたくない」という意志に合わせて、対応すればいいんで、
    特に問題はなくいいんですけれども。
    (出て行ってくれればいいんですから。)
    人道的な対応で、追い出せるならめでたいんですよ、正直。
    他の人と仲良くしたい人の誰も加害者になりませんから。
    僕としては、
    「自己防衛に使っていただけるとありがたいかな」と思って、
    公表したんです。
    (人に迷惑をかけたいがために、他の人と一緒にいられない人はどうするんですかね?
    どうもよく現実社会がわかっていないんじゃないかと思うこともあるんですが。
    例え、その人の行く末を案じても、本人の選んでいることですから、僕はあまり気にしないと思います。
    僕は本人の自主性を重んじますし、
    人の心を変えるというのはしないし、「できない」と思いますから。

    そして、僕としてはそういう人は絶対に雇えませんし、友達にもいりません。)

    --------
    English Edition of this page

    英語化に際して、誤解を招くのを防ぐために、
    大幅に追記しました。
    日本語版にも近いうちに反映される予定です。

    プロフィール

    高久 真生(たかく まさお)

    Author:高久 真生(たかく まさお)

    ブログのポリシー私ってこんな人に準じます。(コピペができてしまいますが)
    各自正しいか、妥当か確認の上情報を取り入れてください。
    ブログの名前の由来(その2)
    カテゴリー分けの由来
    「おこさま、いらっしゃ~い」 2020.10.18更新
    「私の作品 パワーステッカー」一覧
    English Edition of This Blog

    カテゴリ