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25. ドキュメンタリー番組におけるCGの使用について(迷惑なこと)

  • カテゴリ:文章術 (自己表現)
  • 最近、現実を撮影した映像に見えるほど、
    精緻な(あえて、きれいという表現はしません)CG映像がありますね。
    (この記事の内容について、言い回しを変えた個所があります。2016.9.12.16:05)

    CG映像と実際の映像(実写)との違いは何でしょう。

    実際の映像は、カメラのシャッター速度(ビデオなら30分の1など)に影響されて見え方が変わるにせよ、
    この世に実際にあるものです。
    現実を映したものです。

    では、CGとは何でしょうか。
    この世を映した物でしょうか?
    CGで描かれているものは、この世に存在するものなんでしょうか?

    実は、CGで描かれているのは、
    描き手の頭の中で理解された、
    「この世はこうなっていると理解しました」という
    理解についてであり、
    「このように理解しています」という発表でしかないんですね。
    だって、描き手の頭の中にないものはCGの画像として描けませんから。
    描き手の知らないことってあるはずなんですよ。
    誤解すらもしているかもしれません。

    こういうCGによる説明用の映像と現実を撮影した映像をまぜこぜに使っている科学番組があるんですよ。
    CGであるか、現実の映像であるかを明記していないんです。
    (ちなみに、フィクションじゃないんで、気分を盛り上げるためのCG的な演出もいりません)
    これは受け手がその分野に詳しくないと、
    全て本当に現実にある映像(話)だと思いかねないんですよ。

    CGの製作者は、自分のCGの映像が本物だと思ってもらいたいという意思の元、
    つまり、自分の説が本当であると思わせたくて、
    CGと明記していないのではないかと思います。

    僕たちが現実を映した映像を本当の事だと信用し受け止めるのはわかります。
    しかし、なぜ、CGの製作者(誰が作ったかもわかりません)の説まで、
    現実を映した映像を信じるのと同じレベルで信用しないといけないんでしょうか?
    いい迷惑です。
    CGの放送者はとても態度が悪いですね。
    詐欺をするときと、同じ手口ですから。
    (嘘と本当を混ぜて、嘘に信ぴょう性を持たせる)

    僕たちは本当にあることはあることで、あるということについては無批判で受け入れようとします。
    (現実を受け止めるということです)
    CGをCGと説明しないということは、
    視聴者の受け入れ態勢をその状態と同じ状態にして、
    CGの放送者は自分のCGをおしつける、つまり、自分の仮説を押し付けているんです。
    無批判な状態なので、間違っている説でも受け入れてしまいかねません。

    CG自体については映像を作って放送している人が科学的な専門家と思っていませんので、
    専門的には素人理解による説と判断するしかありません。
    専門家によって映像が監修されているかがわかりませんので。
    (厳しいことを言うと例え監修されていても、
    人類の理解と自然では
    正確さの保証としては段違いに自然の方があります。)
    人類の理解した内容がわかりやすくなるのはいいことなんですが。

    ドキュメンタリーにおける断りのないCG利用は
    マスコミによる情報操作につながりかねない、重大な問題だと思っています。

    実際に、まぜこぜに使ったCGのドキュメンタリーの最後に、
    非常に疑わしい製作者の仮説を放送している番組がありました。
    (2010年製作の国際共同制作のドキュメンタリー映像です。)

    昨日のNHKの番組である「サイエンスZERO」では
    太陽の映像(プラズマの放出)のCGと衛星から撮られた実際の映像とが交互に出てきたのですが、
    CGの方にCGという明記がありませんでした。
    (番組中のCGに「CG」とか「イメージ」とかの注釈がほとんどないんです。)
    科学的な啓蒙番組において、そして、研究室密着に見える(つまり情報の確度が高そうに見える)番組において、
    番組制作者の気分を映像化し主張するためにCG映像を放送するように見えるのはいかがかと思います。
    (科学の最先端を啓蒙する番組は必要だし、出演者が専門家に自由に質問できる形態なのは良いことだと思いますが。)


    「こう思います」という主張と「事実です」という主張をきちんとわけて放送してください。
    何度も書きますが、放送者による情報操作につながりかねません。

    ちなみに、フィクションにおける実写の挿入はありですよね。
    実際の映像を、自分の説(フィクション部分)の補強(はっきり書くと援護射撃)として使うんですから。
    そう思うと、ドキュメンタリーにおける断りのないCG映像というものの
    迷惑さがわかると思います。

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    高久 真生(たかく まさお)

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