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235. 人の行動と責任

  • カテゴリ:犯罪者対応 (観察あるある)
  • 「人に迷惑をかけて気分の良い人」という人がいたとしましょう。
    220. 人の区別でも書いたとおり、
    論理的に導かれる人間像の表現ですが、
    身の回りに「あの人はそうかもしれないなぁ」と思える人がいたりするかもしれません。


    「人に迷惑をかけて気分の良い人」という人にとって、
    どのような状態が望ましいか

    を想像してみると、
    「人に迷惑をかける、犯罪行為をする、悪いことをする」
    などをしても
    「とがめられないで、
    生き延び、
    今まで通りの生活を続け、
    一生を全うする」

    ことではないかと思われるんですよね。
    (そのことを表現するのに「犯罪をやりぬく」という言い方があるようですが。)
    「とがめられない」、つまり、「責任を取らされない」ことが最重要
    なんだと思うんです。


    そのための環境作りもするかもしれません。
    「責任を取らないで済む」という仕組み作りだったり、
    (法制度の作成はこちらになるでしょう)
    犯罪を発見するのは人ですから、
    「犯罪だと気づかないように子供や年下の人、後輩を教育する」ということをして
    犯罪を気づきにくい人を養成するという事をするかもしれません。
    そして、結局のところ、確実に大事なのは、
    そういう人であるというように気づかれて、レッテルを貼られないことですよねぇ。


    最近、レシートにレジを打った人の名前のないレシートがあるんですよね。
    そういうお店で名札をしていない店員がいるんですよ。
    (大手のコンビニ店ですけれど)
    こちらは誰が応対したかわからないし、
    店にしかデータがないということになるので、
    レジをしてもらったら、その人を写真撮影させていただきたいと思っちゃうぐらいなんですよ。
    (今のところ思っているだけですけれど、必要があったら、撮影させていただきたいですよねぇ。)
    どう考えても、名前がないのは責任逃れの第一歩ですよねぇ。
    (もし、犯罪行為をされたときに、誰がやらかしたかわからないという)
    会社の内規によって
    自分の行為に自分で責任を取らないですむ
    店員さんや社員さんの存在には
    疑問符が付く

    と思うんですよ。


    また、教育するには、教育の理念(どういう人間像が望ましいか)という方針がないと教育できませんので、
    「所謂、教育者だからすばらしい」というのではなく、
    「○○という理念に基づく教育を行なう教育者だから、すばらしい」というように考えるべきではないかと思われます。
    「教育者」にも理念、実際の教育方法によって違いがある以上、
    区別がある
    んですよ。
    よく見ないといけませんよね。


    そして、あの手、この手で、「人に迷惑をかけて気分の良い人」ではないと言って、
    普通の人(人に迷惑をかけて気分の悪い人)の中に
    紛れ込む事が大事

    になるんだと思うんですよね。
    つまり、「擬態」です。
    「俺とお前は同じだ~」という言葉は、悪い人にとって非常に有効な台詞ではないかと思われるんですよ。
    普通の人にとって「人に迷惑をかけて気分の良い人」の心持ちは推察しにくいものでしょう。
    (万が一、そういう心持ちが心の中に自然発生するようでしたら、
    僕は「人に迷惑をかけて気分の良い人」の方じゃないかと思うんですよね)
    普通はみなさん、自分の心と照らし合わせて、相手の心を推察するでしょうから、
    そのままだと、
    相手も「人に迷惑をかけて気分の悪い人」だろうという前提で考える
    ことになるので、
    相手の本性はわからなくなってしまいますよねぇ。
    つまり、
    応対している人の
    「この人は「人に迷惑をかけて気分の良い人」かもしれない」という
    心の中のマークが外れる

    ことになります。
    (普通、完全に同じ気性の人っていないし、
    僕は、みなさんの個性が豊かにあるのが楽しいんじゃないかと思うので、
    これはそもそも「同じ」の意味が違うんじゃないかと思うんですよ。
    何が同じと言っているんでしょうかね?)
    擬態して紛れ込むことに成功してそうですよね。

    他にも「とがめられない」ための方法があるんじゃないかと思うのですが、
    結局のところ、
    「人に迷惑をかけて気分の良い人」という人は
    「人に迷惑をかける、犯罪行為をする、悪いことをする」のが
    楽しく感じられるのでしょうから、
    「人に迷惑をかける、犯罪行為をする、悪いことをする」ことをしたいと思うんじゃないか
    と思うんですよね。
    つまり、そういう人物像なんじゃないかと思われるんですよ。
    こういう人は、非常に迷惑な人物ですよねぇ。

    <追記>2017.03.28
    そうそう、大事なことを忘れていました。
    自分以外の人に「人に迷惑をかける、犯罪行為をする、悪いことをする」ことをさせるというのも、
    責任逃れの方法の一つになるんじゃないかと思います。
    きちんと命令系統をさかのぼれますんで、逃げ切れないと思いますけれどもねぇ。
    だって、
    普通、自分がやっていない他の人の分まで、
    責任取らされたいとは思わない

    じゃないですか。

    また、戦前のシステムで言えば、
    全てを「天皇陛下の名の下に」と言うことで、
    天皇さんに最終責任を負ってもらうことで、
    政治家さんを始め、全国民が
    自分の行動の責任逃れをしやすいシステムだったんじゃないかと思うんですよねぇ。
    (結局、先の大戦では最終的に戦犯として責任を取ることになった人がいたようですが)
    しかし、今の日本では、
    天皇さんを含む国民一人一人が
    自分の責任を自分で取ることになっている

    んですよね。
    (そうですよね?)

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