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22. 「文化」に「考え方」は入るのか?(文化って何?その2)

  • カテゴリ:解釈<3>
  • 大本のサイトのファニーステップ根本の根小学生編の9.文化って何?に関して、
    文化の中に「考え方」が入るのではなかろうか」という
    非常に重要に思える意見を個人的にもらったので、
    一考してみました。
    とても重要なようなのですよ。

    小学生編の9.文化って何?で議論した文化(行動様式)は
    5つの性質(発生、伝播、継承、固有化、交流)を持つと議論しました。

    どうも、「考える」という行動以外の意識的な行動は、
    小学生編の9.文化って何?で議論した文化(行動様式)に含まれるようなのですが、
    「考える」という行動はそれ以外の性質をも持つようです。

    その理由。
    小学生編の9.文化って何?で議論した文化(行動様式)は
    他の人に認知(あると認め知ること)されうる行動でなくては成立しません。

    それらの行動は、「考え」というものが行動の動機となっています。
    なので、「考える」という行動は、
    目に見える行動のもう一つ奥にある活動になります。
    しかし、「考える」という行動自体は、
    僕たちの脳内活動で、外見的に表に出てこない行為なので、
    他の人に必ずしも認知されるとは限りません。
    ただ、ある行動を認知すると、
    「考えた結果」である「考え」に基づいた行動として、
    「考える」という行動があったのだろうと推測されます。
    基本的に目に見えない行動様式なので、
    「考える」という行動自体を表面だけコピーすることはできません。

    ただし、「どのように考えたか」という行動様式の表れとしての「考え」を
    言葉にしたり、図にしたり、体で表現したりすることで、
    相手に伝えることはできるので、
    5つの性質(発生、伝播、継承、固有化、交流)を持つことになります。
    そのため、ある集団(人類という種全体もある集団の1つになります)で共有されることにより、
    同じような考え方をすることがあります。

    つまり、「考え方」というものは、構成人員共通の行動様式として、
    「考える」という「文化(人の行動の一様式)」であるとも考えられます。

    ここで複雑なことに、1人しかそういう行動をしなくても、
    その人個人の文化(行動様式)と言えるので、
    その人の中に生まれた考えというものも行動様式の表れの中に含めないとなりません。

    頭の中で試行錯誤をすると思います。
    このとき、2種類の意識的な思考が存在すると分類できます。
    1つめは、誰かに伝えたり、実際に自分の行動に移すことによって、
    他の人に認め知られる形になり、5つの性質を持つことができた思考。
    (個人的に価値づけした結果、表に出ています)
    2つめは、自分の中で「却下」されたり「秘匿」されたため、
    誰かに伝えられたり、自分で行動しなかったことで、
    自分以外の誰にも知られず、5つの性質を持つことができなかった思考。
    (個人的に価値づけがなされた結果、表に出ませんでしたが、
    5つの性質の中の「発生」はしています)
    後者も無駄ではなく、試行錯誤の経験として本人の中に蓄積されるため、
    思考結果として使い道が有り、個人的に有用なので、
    個人的な文化的財産になります。

    ところで、ある情報がある集団に伝わったときに、
    みなが同じような反応を同時にすることがあるでしょう。
    その情報が、その集団にとって未知だったりした場合でも、
    みなが同じ考え方をしたことになります。

    この場合、表に行動が表れているので、
    他の人が「みんなが同じように考えたな」と観察できますが、
    特に反応が見えなくても、
    脳内活動が行われて皆の頭の中で同じことが考えられていれば、
    同時多発的な考えが生じることになり、
    ありうる事態です。
    (これは、「発生」のみが起こっている状態で、
    お互いの反応を確認すると「共有」されるという段階になります。
    ただし、「共有」するかしないか、
    どのように「共有」するか(取り入れるか)、つまり、どのように認めるかは、
    「共有」する人の判断に任されるので、このとき、個人的に価値づけがされています。)

    このように、考え自体が事前に共有されていなくても、
    構成人員が同じように感じたり考えたりすることがあります。
    事前に共有されているかどうかということは問題ではありません。

    このように、ある集団(人類という種全体を範囲と考えてもアリ)特有の思考のパターンがあるように見える場合があります。

    ある集団(人類という種全体を範囲と考えてもアリ)特有の思考のパターンの表れに見える場合、
    事前共有されている(5つの性質を持つ)場合と、
    同時多発的な反応的思考(「発生」のみ)の場合があります。

    ただし、同時多発の場合、
    すでに集団で共有されている価値観に基づいて
    同じように判断している可能性があるので、
    そのような見方をすると(*)、
    ある集団(人類という種全体を範囲と考えてもアリ)特有で
    その集団に共有の思考のパターンというのを理解するのは
    相手の反応予測に非常に有効だと思います。
    ただし、新たな考えというものが生まれる可能性が多々あるので、
    相手の反応をパターン化して決めつけるような固定した考えにこだわるのはあまり得策ではありませんが。

    「価値づける」という行動は
    「考える」という行為の一つであり、
    他の「考える」という行為の結果である「考え」のフィルターの役目もする、
    少し毛色の違う「考える」という行動だと思います。

    ということで、「考える」という行動は、
    他の行動の動機(種)となること、
    他の人に認知されえない考えが存在すること、
    ある集団の中で未共有の同時多発的な思考の出現が強く観察されること、
    の3点が他の行動と区別されるので、
    とても大切なお題でした。

    結論として、
    「考える」という行動のやり方なので、「行動様式」に含まれ、「文化」になります。

    「考え」を理解すると、行動の理由と行動原理がわかるので、
    きちんと相手の行動の意味がわかり、
    その結果としての文化的産物をきちんと受け止め理解できるのかもしれません。
    (人それぞれの様々な受け止め方があることは大いにあるべきことで、否定しませんが、
    相手の意図は誤解したくありません。)

    (*)誰かをノーチェックの状態で強烈に支配している考え、価値観が存在するというのは、
    思考硬直が起きていて、個々人の精神的な独立性に関わると思うので、
    「共通の価値観」をそのように支配している考えとはとらえていません。

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    高久 真生(たかく まさお)

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