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1049. 家族愛って本能じゃない

  • カテゴリ:より良い日常へ
  • 親が子を思う気持ちは当たり前にある

    とか、

    子が親を思う気持ちは当たり前にある

    わけじゃないみたいなんですよ。


    セックスして、受精して、子供を産む

    までは、

    確かに人間の本能にあるようなんですが、

    おなかの赤ちゃんが人としてこの世に出てきて以降、

    愛情をもって親子だったり、兄弟だったりの関係を気づけるかというと

    それは、当たり前に人として備わっていないかもしれません。


    愛情の分かる、命の大事な人は
    親子の情が芽生えて、

    「親は親だから」「子は子だから」と言って、

    相手を無条件に大事にしたり、
    慕ったりするかもしれません。


    しかし、相手がそういう心の交流を求められない
    おかしな人だった場合、

    親子の情も成立しません。
    (子であれば、
    親の愛情を受け取らず、
    ご飯だけもらって、
    親への愛情を返すこともなく
    裏切りの心の状態で、
    ご飯を食べる人もいるもよう

    です。)


    この世には
    良い人の心に負けてしまう悪い人がいるもよう
    です。


    全力で、
    親だったり、子だったりの存在、心、渡される気持ちを
    否定する人もいますし、

    「否定」、「拒絶」、「NO」に見えても、

    実際は
    避けるしかないぐらい、良い人の気持ちが重い、恐い人がいるよう

    です。


    そういう精神を持った親に否定されても、
    「あ、そういう人だから、俺に負けたんだ」ぐらいで、

    何らかの心の交流があることを求めなくて
    問題ない人がいるよう

    です。


    悪い人の子に良い子が生まれることがありますし、
    良い人の子に悪い子が生まれることがあります。


    こればっかりは、
    「親と子は選べない」ということで
    (ついでに、兄弟も選べません。)
    あきらめるしかなく、

    ちゃんと心の交流のできる、
    ちゃんと自分の気持ちに応えられるような
    ちゃんとした人との交流を大事にした方が

    良いと思います。


    もう一度書きますが、

    「否定」、「拒絶」されている人が
    まともな場合、

    相手がおかしくて、まともに心の交流ができず、

    「否定」、「拒絶」という行動で、
    避けているだけかもしれないという

    通常の良い人の発想とは真逆の事態が
    起きているかもしれないので、

    血縁で切っても切れない感じにされても、
    相手に振り回されないのが

    大事かもしれません。


    そういう場合、

    自分が悪いのではなく、
    相手が悪いんです。


    親であれ、子であれ、
    知り合いであれ、友達であれ、
    恋人と名乗っていた人であれ、

    あたたかな心の交流を嫌って

    相手が自分の目の前からいなくなったり、
    心づくしのものを拒絶されたら、

    「あ、こいつ、俺に負けたな」ぐらいに思っておいて相当だろう
    と思います。



    <追記>2020.07.19
    否定される筋合いがない


    親だからって、子だからって、
    誰であっても、

    クズに

    存在や気持ち、楽しい時間を
    否定されて踏みにじられなくてはならない

    必要はない

    です。



    <追記2>2020.07.19
    ひどい汚い切り方をして
    逃げていく奴がいる


    ひどい、否定とかを伴って
    汚らしい人間関係の切り方をして

    その実、
    実は
    精神的に負けて逃げている
    奴がいるもよう

    なんですよ。


    悪人の「アルアル」を知っておかないと
    自分が悪いと思っちゃうかもしれません。




    <修正>2020.07.20
    「付け込めるように読みたい」
    と言われたので


    正直、「バカな読み方だな」と思いましたが、
    読解力のない頭の悪い人たちが狙えそうに思えるそう
    なので、

    <追記>
    に関して、

    「誰であっても」を付け加えて、


    「親だからって、子だからって、
    誰であっても、

    クズに

    存在や気持ち、楽しい時間を
    否定されて踏みにじられなくてはならない

    必要はない

    です。」

    とします。


    バカな人たちですね。


    誰が、親や子以外なら

    存在や気持ち、楽しい時間を
    否定されて踏みにじられなくてはならない
    と思わない

    と思うんですかねぇ。


    存在や気持ち、楽しい時間を
    否定されて踏みにじらる奴は
    誰でもクズで
    僕が
    許すわけがないじゃないですか。


    僕のこと知らないんですねぇ。




    <追記3>2020.07.20
    <修正>の注釈


    <修正>したんですが、

    これに関して、
    善良な皆さんにちょっとご説明させてください。


    僕は
    「付け込めるように読みたい」
    と僕に言ってきた人間が
    どこの誰でどんな種類の人間か知っていますので、

    公開している記事の内容に関してでしたので、
    通常と違って、
    個人的な返信を
    公開枠を作って
    適切に対応させていただきました。


    「親でも、子でもない自分たちが
    お前のことを加害したり、
    また、殺したりしても
    お前、文句言わないで、
    犯罪やり放題だろう」というような
    付け込んだ読み方をしたい
    と言われましたので、

    なめられないように

    こちらの対応と感想を書かせていただいています。
    (本音ですから、
    そのように具体的な対応の行動を
    することでしょう。)


    あまりご存じない方が多いようなのですが、

    このような犯罪者への
    犯罪対応行動として、

    きっちりと大っぴらに
    完全にぴっちり対応して書いて、
    言っておかず、

    内内に個人的に対応するようなことをしてしまうと、

    自分たちに対して都合の良いように
    庇った
    というように解釈され、

    こちらの意思とかかわりなく、

    「さらなる犯罪ができそう」
    という妄想を抱いて

    次の加害行動をしてくる傾向が高い人間たちです
    ので

    このような対応枠を作らせていただきました。
    「マジで、<修正>の通りだぞ」とは書かせていただきます。
    長々説明があると、読み切れなくて、
    「なんだ、平気じゃん」という勘違いになるんで。)

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